薄れていく気持ちに
夜空の元で離れの庭の縁側に、義越と衛利はならんで座っていた。
「驚きました。従姉によく似ていましたから」
「マサ子さんが似合うだろうと。……私にはよくわかりません」
「何がです?」
「なぜ死んだ人の物が残されているんでしょうか。不要となれば廃棄しないのでしょうか?」
「……それは」
義越は衛利がアーコロジーで育った人間であったことを、ふと思い出してから少し考えて返した。
「お兄さんの遺品はどうされたのですか?」
「分かりません。私はずっと、兄の研究所に住んでいましたから。兄がどこに住んでいて、そこには何があったのかも」
それで義越も思ったより衛利が、アーコロジーの中でもかなり特殊な生活を送っている事を直感する。
「死者を死んだ者として扱うのは、難しいからだと思います」
「遺された者達のためですか?」
「はい。誰かが何かへの気持ちを抱く限り、例え役目を終えたものであっても、手元に残しておきたいと感じるものです」
「役目を終えた……」
衛利は夜空を見上げて何かを考え込んでいるようだ。自分の中にある思考を混ぜ合わせて、理解しようとしているのか。
「義越さん」
「はい?」
「もし従姉への気持ちが薄れれば、あなたはこの服を捨てますか?」
衛利は自身に身にまとう赤い和服へと視線を落とす。少し不躾だと思いながらも、価値観が異なる相手との話し合いだと割り切っている義越は落ち着いて答えた。
「恐らく私は従姉を忘れません。ただ、もし私に子供がいるとして、その子には従姉へ抱く気持ちは一切ありません。ですから不要と考えれば、その子は捨てるでしょう。思い入れも消えたなら……」
少し必死な様子の衛利の言葉がうまくまとまらない。
「では、本当は自分が常に抱えるべき事なのに。……当の自分が忘れかけてしまっていたら。あの兄妹の場面を目の当たりにしたにも関わらず、私は……」
「お兄さんのことを、忘れかけているのですか?」
意をくんだ義越は問いかけると、衛利はうなづいた。
「本当はダメだと分かっているのに。兄の気持ちが段々と消えていくような気がして。なぜでしょう? アーコロジーに居た時は、絶対に仇を取ってやろうと思っていたのに」
「あなたは一連の戦いで、これまで抱いた感情より、大きなショックを受けたのでしょう。確かにケドウが活動し始めて、この街は暴動の再来を予感させるほど危険になってしまった」
「ですが……」
言いよどむ衛利。義越はきっぱりと言う。
「利府里さん。私はあなたにははっきりとした意思を感じることは出来ない」
「どういうことです?」
「あなた自身の動機です。あなたは命令と、報復を抱えてやってきたはずです。ですが、今の貴方にはそのどちらすらも徹底、いえ。理由に信頼がおけていないのかもしれない」
「……」
「ただ命令を実行するだけなら、きっと苦しまずにいられるでしょうが、人間命令だけで生きていけるほど単純ではないから」
口調が崩れていく義越は少しずつ本心を表していく。
「それでも強い思いを持ち続けるのは辛い。でしたらきっと、もう少し短絡的な目標でもいい」
「義越さんには目標があるのですか?」
「ええ。あの死と破壊を振りまくテロリストを、私は許してはいけませんから。あなたもこれに関しては、私と同じ気持ちのはずです」
「……はい」
今はそれでいいのかもしれない。衛利はまた夜空を見上げて、アーコロジーの明かりで見えづらい星を見つめる。それから言いにくそうに聞いた。
「従姉への復讐を、義越さんは忘れたことはありますか?」
「復讐?」
「えっ?」
義越が不思議そうに聞き返したので、衛利も素っ頓狂なこえを出してしまう。それから義越は首を横に振った。
「私は一度も従姉の死に対して、報復しようと思ったことはありませんよ」
「なぜですか?」
衛利は食いつくように疑問を投げかける。
「従姉は優しい人でしたが、そんな人をこの街は変えてしまった。私は、あんな優しい人までも鬼に変えてしまう、この世界が怖い。なんなら私個人としては、難民やボーダレスとの争いを止めたいぐらいに」
「世界が怖い?」
「情けないと思いますか? ですが、従姉は最期に鬼として死にました。もしケドウと言うテロリストがこの街を焼きたい理由も、正直分からなくもないんです」
「……」
「少し話過ぎましたかね。では、私は本館に戻ります」
縁側から立った義越の背中を、衛利は曲がり角で見えなくなるまで、自然と目で追っていた。
いつの間にか庭先に現れたラングレーは衛利に近寄ると、衛利は頭部を撫でながらつぶやいた。
「分からないこと、多いんだね、私。訓練にも、座学でも習っていなないことがたくさん」
「く~ん?」
ラングレーは首を傾げた。




