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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
呼び起されたモノ
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平穏の瞬き


 夕暮れの日が沈む。博多湾と呼ばれた海は陽を反射して水平線の向こうまでへと光は続いている。舗装された山道を、電気自動車は静かに走っていく。運転する義越は後部座席に護衛を乗せて、ここ最近毎日この光景を見ている。

 本来、VIPの義越をいざと言う時に、頭を下げられない運転席に置くなどありえないが、彼はわがままを言って頼み込んで運転している。

 実家の館まで20分ある道中、義越は昼時にかつての中央病院にてオーヘルの襲撃を受けた報告を思い返していた。珍しくボーダレス商会からの直接の報告を受け取っている。


(ニッシュと言う女だったか。あいつも、この情勢はもはや普段の敵同士と言っている場合ではないと考えているようだが)

「っ……」


 義越の舌打ちに護衛が声をかけるがなんでもないと言って真っすぐ見据える。ふと迫撃砲によって掠めた傷が疼くと共に、破壊された部屋が脳裏にちらつく。怒りで歪んだ顔をした女の顔が目に浮かんだ。


「……」


 鼻で大きく息を吸いハンドルを握りしめる。女の唇はか細い息と共に動く。


(ゆ……る……さない)


 鬼のような形相で女は息絶えた。

 義越が葬式に出た時に色々と従姉の噂は聞いた。前は現実的な協調主義者であったが、ある日を境に、彼女は狂信的な排外主義に傾倒したと。


 また息を大きく吸い込む。夏に館で遊んでくれた人。雷雨の怖がる自分に声をかけてくれた人。自分に戦い方を仕込んでくれた人。

 その間に従姉は自分の考えを一切話すことはなかった。論議において主張していることが、従姉のスタンスと思い込んでいた。

 なぜ自分にあんな優しかった人は、難民に嫌悪感を持っていたのか……。

 あの攻撃によって剣の会を主導していた人々が、半数以上が死んでから、義越は少年の時からずっと組織を支えてきたが。最近になって考える時間が増えてきているのに気が付いた。


「思ったより早く帰れたな」


 独り言を呟いては車の速度を落としていく。


「駐車は任せていいか?」

「はい」


 護衛から了解を取ると、木と見せかけた強化プラスチックの門を抜けて、広い玄関先までやってくると義越は車から降りると、離れへと足を向ける。

 近づいてみれば離れには監視カメラがめぐらされ、拳銃を持った青年たちが詰め所に入っている。そのうちの一人が詰め所の横にいて、ラングレーと呼ばれているビッグドッグみたいな4足ロボットにボール投げをしていた。

 衛利を保護したら雅言の命令で、離れに衛利を幽閉した時、突然やってきたこのロボットにはかなり手を焼いた。防衛網を単騎で突破するわ。ジャミングで館の監視や防備施設を無効化してくるわ、持ち前のパワーで人間振り切るわ。

 衛利の寝ているところに上がり込んで鎮座して、ようやくマサ子が頭(?)を撫でたりすると、急におとなしくなって庭先まで追いやることが出来た。

 そしてマサ子から土足で上がるなと言われてから、ずっと庭先でうろうろしたりくつろいだり、仕舞には詰め所の青年たちにボール遊びを強要する等やりたい放題している。

 ラングレーはボールを二足歩行形態となって前足でボール掴むと、ダッシュして戻ってきて手渡しする。それから4足に戻って犬のようにボール投げを待機する。たまに猫のような声で鳴くこともあって、決まってその時はおとなしいのだ。


「義越様!お疲れ様です」

「良いさ。苦労をかけるな」


 ボール投げをしていた青年は向き直るが、義越は一瞥して離れに入っていく。雅言の方針にも呆れる。仮にも協力関係にあるイヌモのプライベートフォースを、幽閉して交渉材料にしようなどと、なぜそう考えてしまうのか。

 いったいどんな内容を交渉しているのか息子の自分にすら話さない。雅言もあの攻撃以来ずっと「剣の会」のトップにあり続けた。今更何かこれ以上の望みがあるのだろうか。

 玄関を開けてから奥に進んでいく。


「マサ子。帰ったぞ」


 靴の脱いで少し高い段差を上がり、自動で点灯する明かりが反応する。


「おかえりなさいませ」


 衛利の寝ている部屋の手前にマサ子は居た。何か忙しそうに部屋から出てきたところだった。


「彼女は?」

「何事もなく」

「そうか」


 ふすまの前で義越は開けようとした手を止めてから、いったん立ち止まる。


「入っても?」

「どうぞ」


 衛利の返答でふすまを開けると、義越はハッと息をのんだ。


 赤基調の和服に身を包んだ衛利が、大きな鏡の前で自身の姿をマジマジと見ていた。それは間違いなく従姉が特別な日に着ていたものだった。


 後ろからマサ子が声をかける。


「蔵にしまっていたものを、私の勝手でございます」

「……ああ。いや綺麗なものだね」


 言葉に詰まりながらも感想を述べる彼に二人は、少し笑った。


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