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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
呼び起されたモノ
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呼び起された記憶


 目が開ければ木で出来た天井。障子からは朝焼けの前の白い光が透過している。慣れない掛け布団を押し上げた衛利は体に包帯が巻かれていて、そのほとんど傷は治り始めており苦痛はなくなっていた。

 ふと外の障子を見やると4足の大きな影がそこにはあった。衛利は驚くこともなく布団から出てから障子を開けると、縁側と窓ガラスの先にある庭にラングレーがその巨体を左右に振って鳴いていた。


「にゃーにゃー」

「ダメだよラングレー。余り音を立てないで」

「くーん」


 しょんぼりしてうずくまるラングレーと同時に庭とは反対のふすまから足音が聞こえてると老婆の声が問いかけてきた。


「利府里様入ってもよろしいですか?」

「ええ。どうぞ」


 ふすまを老婆が開けると礼をする。


「おはようございます」


 衛利もそれを返す。声は自然と穏やかだ。


「おはようございます。マサ子さん」


 白髪の生えた頭頂を向けるマサ子。その脇にはメディカルチェック用の装置もおかれていた。


「ずっと待っていたのですか?」

「いいえ。あの子が起き上がるといつも利府里様が起きていらしているので」

「ラングレーが……それは」


 気の毒に思った衛利が謝ろうとするがマサ子は首を横に振った。


「年寄りの眠りは短いモノですから。お気になさらず」


 マサ子がキットを持って衛利の傍に座りパッドを胸元に貼っていく。


「もう痛みは?」

「ありません」

「たった1週間しか経っていないのに。お若いからかしら」

「私は、いえ。アーコロジーで生まれたほとんどの人たちは遺伝子治療を受けて、怪我を早く治癒できるように『設計』されていますから」

「病も利くのですか?」

「病気や感染症にも代謝や免疫も」

「それではあの塔の人々は幸せに暮らしているのでしょうね」

「……そうかもしれません」


 窓ガラスの庭先には自然と少し遠くにはアーコロジーの巨大な都市が見えている。その手前に郊外がある。ここは東城の屋敷、その離れが衛利のいる場所だった。

 空を見ればアウトローのような連中が近づかないように定期的にドローンが巡回している。


「私はいつまでここに居ればいいのでしょうか?」


 衛利が問いかけるとマサ子は分からないと言った上で周りを見てから声を小さくしてささやいた。


「雅言様は利府里様をイヌモとの取引に使おうと考えています。主に剣の会のほぼ専属の戦力にしようと。義越様は快く思っていないようですが」

「剣の会からすれば当然のことでしょう。ですが、なぜ義越さんは?」

「元々剣の会はイヌモの経済侵略に対抗するために地元の企業や有力者たちが集まってできました。イヌモへの依存を深めていくやり方に義越様は余り関心がないようです。それに……」


 マサ子は少ししまったと思い顔を背けてしまう。


「それに。なんですか?」

「いえ。義越様はあなたに余り戦いに関与することを嫌がっているようですね」

「私が?」

「あなたがここへ運び込まれてから義越様は毎日様子を伺いにやってきます」


 衛利は首をかしげる。


「ここが東城の屋敷だからでは?」

「義越様は、郊外の剣の会の本部に居を構えております。ですからここに帰ってくるのは1年に数度。毎日帰ってくることはあなた様が何か気に掛けることがあるからでしょう」

「やっぱり。私がイヌモのプライベートフォースだから……」

「邪推のではありますが」


 マサ子は前置きしてから意を決したように話し始める。


「義越様は、親戚に従姉がおられたのです。生まれてすぐ亡くなられた母親に代わりに私と一緒に義越様の面倒を見ておりました。聡明で賢くよく遊んでおられましたが……お二人が剣の会の一員として同士での交渉があった時です。ちょうど5年程前の暴動が起きる直前だったでしょうか」

「5年前……」


 衛利の顔がうつむく。


「会合を察知した過激派の難民が迫撃砲を撃ち込んだのです。義越様は運よく離れた場所に座っていて無事でしたが。従姉はその時に亡くなられました」

「……」

「……利府里様は、よく似ておいでです」

「そう、なんですか。その」

「はい」

「良かったら、写真をみてみたいと思うのですが」

「えぇ。構いませんよ」


 問題なしと表示されたチェックキットを片付けたマサ子が退出していく。


「私は……」


 義越が大切な人をずっと探していて、それが自分に重なっている。その気持ちに衛利は素直に心の中で受けいている自分がいることに気が付いた。


「失った誰かに私は成れない。だけど……」


 自分にも会いたい人が居る。だが、失った物への喪失感と怨嗟には決着はまだついていない。それ以前に衛利はそれらの感情が次第に高ぶっているのを意識し始めている。

 とある兄妹の悲劇が、ずっと頭から離れないからだ。

 それが、かつて寒空の下で兄が倒れた記憶がより鮮明に呼び起されて思い出す度に増幅されていく。それなのにと一つ衛利には疑問が浮かんでくる。


「どうして彼は……」


 それでも義越は余り報復心に支配されたような行動が見えなかった。彼は何を糧にこの混沌に身を投じているのか。

 純粋な疑問を抱き始めた頃にマサ子が写真を持って戻ってきた。


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