取り引き
撤退した敵を見送ったユリアは廃病院を探索して死体安置場を見つけると、小型ドローンを先行させると地下に居たリナと死体袋を見つけると急いで向かった。
死体安置所でパイプ椅子に座るリナはうつむいたままだった。
「リナ。大丈夫か?」
パラディウムのセンサーで注意深く部屋の中を探らせる。何かの罠があるかもしれないと警戒しての事だが杞憂だったようだ。
腰を落としてリナの顔を覗き込むと頬を赤くして涙の痕を残している。それからユリアを見た。
「男に会ったの。……ケドウって名乗ってた」
「ケドウが? 何かされたのか?」
リナの両肩に手を伸ばして問いかけると首を横に振る。
「もし私が、お兄ちゃんを殺した奴に復讐したいなら手伝うって」
「それで?」
「断ったの。そしたら出て行った」
「そうか。さっきか?」
リナがうなづいてユリアは立ち上がり部屋を見渡す。
「パラディウム」
【生体スキャン起動。ドローンによる追跡網を……】
「ん?」
【……】
少しだけ視界にノイズが走りパラディウムからの応答がなくなる。このだけでユリアは直感した。
「33か?」
確信を得たユリアが問いかけると通信が開かれて男の機械音声が聴覚に直接語り掛けてくる。
【あの男を手出しするのはやめてくれ】
これまでの事にも怒りをため込んだ感情が徐々にユリアの声に怒気を与える。安置場を出てなるべくリナから離れる。
「知ったことじゃない。奴は人を苦しめて混乱をまき散らして喜んでいるだけだ。なぜあんな狂った奴に兵器を与えてイキらせてるんだ」
居ても立っても居られなくなり、リナを置いて死体安置所から出ていき目視で探し回ろうとすると視界にノイズが走り視界が失われる。
「なんだ!?」
パラディウムをシャットダウンしようとしても操作が効かず、無理やりCPUと神経が繋がっているうなじに手を伸ばそうとするが腕の感覚が失われる。
その場で運動神経をはく奪されたユリアは頭の中で問いかけるしかない。
(あのテロリスト野郎をお前は承知しているのか? お前たちからしてみれば、奴の活動は許せないはずだろう)
【彼のもたらすデータから鑑みれば許容範囲内だ】
(イヌモの連中は、データが取れれば私たちの事なんてどうでもいいのか!?)
【私からしてみれば、郊外かアーコロジーかなんて気にしていない。どちらかと言えば郊外の人間が私にとっては有益なデータをもたらせてくれる。それが特にケドウの場合はそうだ】
(どういう意味だ)
【欠落した人物なのだよ彼は。穏やかな方法で幸福になる方法がない。なぜなら彼の人生で唯一と言っても良い成功体験は、自らを抑圧する者を殺害したことだったからだ。彼の脳内はその時尋常ではないドーパミンが放出された。素晴らしい体験だと感じていた】
(……だからあいつは人々の怒りを焚きつけるような事を?)
【事実。私がデータを取り始めてから、敵と見なした人物を排除したり攻撃した際に人は興奮と快楽を覚えている。先日、彼が放った自律パルスガンで殺人をおかした者もそうだ。君だって例外ではない】
(元はお前たちが作り出した社会システムだろうが)
【対象となる人物の幸福を追求した結果だ。私は彼らに最大限の奉仕をした】
奉仕と言う言葉にユリアは少し考えてから問いかけた。33は企業が支配する社会の頂点の存在だと勝手に思っていたからだ。
(奉仕?)
【私は人間として登録された人物が幸福に過ごすために設計されたハードウェアだ】
(訳が分からん)
【人々の悩みを取り除くため、快適な空間と刺激あるコンテンツを生成することで人々を幸福にした。私をケドウを誘った。だが、ケドウは自分の人生が無意味になると言って拒否した。人生の意味。彼が知りたいのはそれだ】
(破壊と人殺しが人生の意味だとでも?)
【分からない。ただ彼は何かを考えている】
(そんな疑問の為に人が死んでたまるか)
【私の疑問を阻止する価値が君にあるのかい?】
(余地はあるのか?)
【ないことはない】
(言ってみろ。どうすれば奴の抱える価値と同等になれる?)
【君がケドウと同じようにデータを渡す。破滅的な手段によって願いを叶える人間になることだ】




