機械の手
死屍累々とはまさにこのことを言うのだろうと病院の屋上に上がったユリアは血の気が引いた。死人を見慣れ、あまつさえ実際に命を奪ったことのある彼女ですら、余りの光景に敵前だと言うのについ視線が釘付けにされてしまう。
中庭に積み上げられた人が折り重なり、それらの破片や断片も一か所に集められていた。鉄の香りと動物の死骸の臭いが漂う。
見ればしわがれた老人の手。武器を持たないであろう女の手。綿が纏うちぎれた人形が強く握られた小さな手もある。
これほど詰みあがった凄惨な出来事を想像しそうになり、ついリナの事を忘れそうになる。
【精神補助薬を使用しますか?】
「いや。大丈夫だ」
銃声が響き渡る中で上空を飛ぶドローンはすぐさま敵の姿をユリアの視覚に投影する。一体のソルジャーはその無機質な体で機関砲を支えている。周りに他の個体は確認できず、5階からボーダレス商会の戦闘員を撃ち下ろしユリアに気付いてはいないのかもしれない。
狙いはルッツ達が居るであろう3階付近。既に多数の弾痕で壁が崩れ始めている。
「衛利はいないが大丈夫か」
自分に問いかけるようにユリアが手にしたのはレールガン拳銃ではなく双剣のナイフを取り出す。実践で一度も使ったことはないが、パラディウムが作り出したシミュレーションにおいて何度も自分なりに訓練を積んでいた。
衛利の協力でイヌモの内部データを基に弱点と言う程のものではないが、一瞬の抜け穴を見つけることが出来た。その布石のためにユリアはパラディウムに依頼する。
「ルッツにつなげるか?」
【通信介入を開始します。……どうぞ】
「聞こえるか? ユリアだ」
横目で3階のルッツ達の様子を確認する。死傷者が出ているようで撤退しようとしていた。困惑するルッツからは止まない着弾音が伝わってくる。
『なんだ? どうして繋がっているんだ?』
「それはいい。あいつを駆逐できる兵器を持ってるか? 高い脅威になるような」
『グレネードランチャーならあるが?』
「そいつを向けられるか? 奴に見せつけるだけでいい」
『無理だ!とてもじゃないが……』
「見せるだけでいいんだ。撃てなくてもいい!」
『分かった。……おい!貴様これを持って向ける素振りだけみせろ』
ユリアが再び見ると穴の開いた壁からチラリとグレネードランチャーを持った戦闘員が見えた。すぐにそこへと銃火が殺到し、すぐさま傷が少ない壁へと引っ込む。
絶え間ない銃撃がいったん収まる。それを見てからユリアは確信をもって通信する。
「よし。私の合図でもう一度そいつを晒してくれ」
パラディウムのイオンスラスターを吹かして病院の外壁を登り、いま彼女はソルジャーの真上へと向かっていた。
(今だ。もう一度)
ここまで来ると気づかれる可能性があるのを心配して、パラディウムを介してユリアが思考を言語化して彼女の声を再現した音声通信がルッツ達へと流される。
それからもう一度チラリとグレネードランチャーの姿をさらすとユリアは二振りのナイフを両手に握りしめ屋上からバク転して飛び降りながらイオンスラスターを起動する。
思った通りにソルジャーはその機関砲の銃口をグレネードランチャーに向けたままで、ベランダの柵でバレルを支えている。
ナイフに紫電を纏わせて電圧をかけるとすぐさまナイフが刀身の発熱と振動を始め、ファイバーアーマーの助力も有りユリアが振り下ろした一撃でソルジャーは片腕を切断される。残った腕で機関砲を保持したまま後ずさる。
その銃身はグレネードランチャーを向いたままだ。
「射撃プログラムの脅威判定が残ったままだと……」
すぐさまユリアはソルジャーの懐に飛び込み同時に左手のナイフで機関砲の機関部を切り落とすと、右手のナイフが汎用フレームの根幹にある背骨に当たる部分に向けて突き出す。
ようやく機関砲から手を離したソルジャーが片腕で背骨への攻撃を受け止める。遮られた刃先はバイタルに届かずに弾かれる。
だが、ユリアは慌てずにナイフ同士のグリップ底を連結させると、同時にグリップを形成している疑似筋力繊維が変形して硬質化
二つのナイフが一本の槍へと変化し、ユリアは改めて姿勢を低くして勢いをつけなおした。
「対応出来ねえよなぁ!このポンコツが!」
パラディウムの疑似筋力繊維が浮き上がり莫大なパワーウェイトを得たユリアが押し込む槍は容易くソルジャーの背骨を両断し、内部機構に致命的なダメージを与える。
焼ききれる機械と鉄骨、頭部のセンサーの光が消えて足元が脱力して崩れ落ちる。
槍を引き抜いてパラディウムに問いかける。
「パラディウム。こいつから通信やら情報を抜き取りたいんだが」
【物理的に接続できる箇所を表示】
「でかした……」
ユリアの求めに応じて残骸に赤丸が表示され、ユリアはそこに手をかけようとした。
【警告:アンノウンが接近】
ユリアの脳内に警告とその方向を廃病院のミニマップで伝えてくれる。高速で接近するそれは既に部屋の前に来ている。
「感知できなかったのか?」
ケドウの件もそうであったことを思い出した。33とやらが背後に居る以上奴の関係するものに「そういう」処理がされている可能性があることももちろんユリアは承知だった。
だが、その速度は普通の人間の比ではなくドアを突き破って現れたのも普通の人間ではないことの表れでもあった。
すぐさまベランダに引きながらレールガンを構えて迎撃態勢を取るユリア。
突き破られた扉の破片をベランダでしゃがんでやり過ごす。
【警告:手りゅう弾の投擲】
警告を受けてすぐベランダから飛び降りて更に下の階のベランダに飛び移ると衝撃が建物を揺らす。
「まだ来るか?」
【敵降下中】
「なに?」
未だに手りゅう弾の被害があり続けている間に敵が来ない安心していたユリアは先手を取られてしまう。
上から下ってくるのは機械の足。だが、その上はマントらしきもので隠されている。マントの下から黄色の光を放ちながら降りてくる。
「イオンスラスター!?」
驚きに声をあげたユリアがレールガンを向けようとするが、先にマントの胸部が開け放たれると人の喉に当たる部分にある「口」のようなものが大きく開いた。
「っ……」
超音波によって直接脳を揺らされたユリアの意識が一瞬飛びかける。
【意識障害。強制覚醒】
「うぁ!ぐぅ……」
バチンと周りに届くようにユリアのうなじに電撃が走り、目を見開きながら悶えて覚醒し、神経をパラディウムに任せるとイオンスラスター全開でその場から離脱する。
「なんだ……何が起きたんだ?」
【軽度の脳震盪を確認】
「頭をぶつけたのか?」
【特定の音波を確認。使用者の脳をピンポイントで攻撃し、脳へ直接攻撃を】
「防げないのか?」
【電磁バリアでは不可能】
「なるほど奴らの切り札ってわけか!」
廊下に飛び出して階段へと滑り込んだ。
「閉所は危ない」
願わくば外に飛び出したいが敵が見逃すのはありえないだろう。
(考えろ。何か対処法があるはずだ)
必死に思考を巡らせるうちに機械の足が一歩一歩ユリアへと向かってくるのが廊下に響いてくる。そして数歩だけ歩くと敵はユリアに声をかけた。
「流石ね。あなたは昔に比べてとても強くなったんでしょうね」
(女の声? いやあいつは私を知っているのか?)
無暗に答えようとせず、されどその口ぶりとどこか懐かしさを感じる声に困惑を隠せなかった。
「……」
「一撃で気絶させようと思ったけど、嫌なやり方だったよね。友達に向かってやることではないよね」
「友達?」
「そう。顔を見ればすぐわかると思うけど。大丈夫。私はただ話がしたいだけだから」
(パラディウム。もしさっきのを食らったら撤退してくれ)
【了解】
ユリアはパラディウムの強制覚醒を頼りにレールガンを構えながら声のする方向に歩み出る。
相手も歩み寄ると先ほどのマントは完全に前が留まっておらず、その体は疑似筋力繊維と漆黒の装甲。それはまるでパラディウムのデザインを、少々粗削りにしたような機械の体だった。
「あなたが知っている頃とは全く違うと思うけれど」
おどけている敵とは対照的にユリアはレールガンを構えながらも顔は徐々に驚きとショックが浮かび上がってくる。
「そんな……」
「思い出した? 死んだと思ったでしょう? あの日に」
無力な自分では掴めなかったあの手はもうないことをユリアは悟った。
「アリスッ!なぜお前が!」
記憶の中で男に担がれて離れていく時と同じように、アリスは機械の手を伸ばした。
「今はバンシー。そう呼ばれてる」
楽しく過ごした日々の中のものと同じ笑顔でアリスは微笑んだ。
「元気にしていた? ユリア」




