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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
過去からの誘惑
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現れた車列

 5階建ての巨大な病院にはユリア知る限りそれなりに巨大な自警組織が住まいに使っていたはずだが、それが余りにも静かすぎるのと血の匂いが漂い始めてからすぐさまハンドガンを引き抜いた。

 恐らくだがここにリナが入っているはずだとフロントに続く玄関まで歩を進めた。


(パラディウム。まさか私はリナを追い抜かしてはいないだろうか)

【病院に至るルートを全てをドローンが巡回しましたが発見できません】

(そうか。なら足跡を検出してくれ)


 病院のフロントは風が吹き抜けている。ガラス張りだった玄関が全て割れているからだ。それも破片がそこらへんに散っていてまだ新しい。

 嫌や予感しかしない。得体のしれない誰かに乗っ取られているもかもしれない。


「ガラスはいつ割れたか分かるか? あとリナの足跡とか」

【周囲の成分検出……1時間以内と想定。足跡を発見。視覚に投影します】


 すぐにでもユリアの視神経が薄青い表示でリナと思われる足跡の痕跡を表示する。


「ネスト教会の支給される靴と合致してつい10分ほど前のモノ。確定だが……」


 踏み込むこともためらわれた。恐らく相手はケドウなのだ。衛利や他の仲間がいない状態でソルジャータイプが仮に複数から襲撃されればタダではすまない。

 だが、その懸念もすぐに吹き飛んだ。病院近くの建物から車列が現れると病院のフロント前に続々と止められていく。ユリアにはすぐにボーダレス商会だと分かったが、なぜ現れたのかは分からなかった。

 ボーダレス商会の首魁がなぜ自分の前に現れたのか。列中央の車が停車するとそこから一人の女が現れる。


「ニッシュ?」

「どうも。日々の活躍に感謝しているわ。ユリア・ネスト」


 伸ばしてきた握手の手についユリアは返すが、すぐにでも病院を見まわすと目が鋭くなる。


「血なまぐさいわね。間に合わなかったみたい。ルッツ行きなさい」


 護衛についてたルッツはすぐさま班分けして病院へと引き連れていく。50人は下らないかなりの人数だ。

 ユリアが問いかける。


「なぜここが?」

「それはこちらのセリフよ。なぜ銃撃戦があったと報告されて通信が途絶した協力者の根拠地にあなたがいるの?」

「人を探しているんだ。最近保護した女の子で、今朝教会からいなくなっていたんだ」

「この件に関連がありそうなの?」

「恐らく。あの子が読んだ手紙にはここで待っていると記してあった。ケドウの野郎だ」

「ケドウねぇ」


 恨めしそうにつぶやくニッシュ。煮え湯を飲まされたことを未だ鮮明に覚えている。それだけでなくても先日の自律迫撃砲の発射で同盟をギクシャクさせられたのだ。


「私も突入する」


 ユリアが一歩踏み出すとニッシュが肩に手をかける。


「ここは部下に任せておきなさい」

「だが、ソルジャータイプが居たら」

「あなたが不意打ちを受けるよりマシじゃない?」

「どうして自分の部下を危険に晒すんだ?」

「私の部下は基本的に、自分たちの行動が同胞を救うためだと理解しているからだよ」

「もう中の奴らは死んでるかもしれないぞ」

「そうじゃない。気持ちの問題よ」


 ユリアは首をかしげた。


「はぐらかさずに答えてくれ」

「私のやろうとする一つ一つが。私たちが邦人共の干渉を受けない世界を作り出すための行動だと思っている」


 ユリアは自然と鼓動が高くなるのを感じた。今まで自分が考えていた目の前の女はただのマフィアで、金儲けと力しか興味がないのだと認識していた。


「それは、独立するってことか?」

「それほど大仰なものじゃない。ただの自治権。こうやって外で言うのは初めてだけどね」


 ニッシュは口角をあげてユリアに詰め寄る。


「私たちは故郷から追い出された者同士。誰かのエゴで連れてこられてこんな生活を送っている。私は憎いとは思っても、まずはこの危うい立場から這い上がらなければいけない」

「……」


 ちょうどその時ニッシュの通信機からルッツの声が発せられる。


『ホスピタルファミリーを見つけました。中庭で全員死んでいる模様です』

「クソ。ケドウめ」


 ニッシュは苦虫を噛み潰したように歯ぎしりする。それから病院そのものを揺るがすような発砲音が轟いた。


「何が起きた?」

『ソルジャータイプだ。一旦逃げろ!』


 ルッツの焦った声と共に唸るような破裂音が二人のところまで届いてくる。


「もういいだろ」


 ユリアがすぐさまイオンスラスターを起動し、紫電を纏うと勢いづけて外壁を駆け足で登っていく。

 それを見送るニッシュのすぐ後ろで男が声をかけた。


「驚きましたよ。まさかあなたの夢はそこまで考えてらしたのですね」

「ケドウ!?」


 いつの間に接近されたのかと慌てて拳銃を抜いて二、三発撃ちこむが彼は何食わぬ顔で立っている。


「無駄ですよ。ホログラムですから」

「何をしに来た?」


 相対するニッシュ。ケドウはあくびをして言った。


「今は暇なので話し相手になっていただきたいと思いましてね」

「ふざけたことを抜かす……」

「いえいえ私はいつも真剣ですよ。ことに報復心を抱くことに関しては」

「じゃあお前がこの前の取引で罠にハメたり、欠陥品を押し付けたことから報復してやろうじゃない」

「出来ますかな? 相手はソルジャーの分隊規模なのですがね。このままでは皆殺しだぁ」

「……出来るか。あいつらは強いぞ」


 ニッシュは不利を悟っている。精一杯の強がりだとケドウには分かった。


「ここで提案なのですがね。今すぐ戦闘を止めて撤退して頂くなら。あなたに従順なようにインストールされたソルジャータイプを10体ぐらいお譲りしてもやぶさかではないのですがね」

「信用出来ない。仮にそれをしたところでお前らに何の価値がある。どうせ金持ちが私たちとはぐれ者達を殺し合わせるように仕組むだけだろう」

「私はただ、報復心を応援したいだけですよ。それでどうなんですか?」

「……ユリアも撤退させるのか?」

「いいえ。彼女は私の部下が用事があるので、部下の報復心の為のね」

「なおのことお断りよ。身を危険に晒す人間だから信用するの」

「そうですか。残念だ。では、もう一つの方に話を持ちかけましょう」

「勝手にしろ」


 ケドウのホログラムが消える。ニッシュは腕を組んでため息をついた。肩は震え顔も紅潮している。


「っ……」


 少しだけ頭を抑えて深く深呼吸する。

 あの男の魅力的な提案やその行方や決断が自分の道を、ひいては今付き従う者達の道を阻みはしないだろうか。そんな不安に駆られる。

 呼吸を整えた時には病院内からは発砲音が絶え間なく、激戦が繰り広げられていることだけを伝えていた。



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