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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
過去からの誘惑
36/91

一週間後

 燃える炎とリンチされて死んでる男の子。周りの群衆とも暴徒ともつかない奴らが抱える少女が手を伸ばして叫ぶ。


「助けてユリア!」


 もう顔も思い出せくないぼやけた顔。炎の明かりが反射して光とその声だけ。その後に続いた「叫び」だけがその夢のいつもの終わり。


 ―――


「アリス……」


 伸ばした手は天井に伸び、ユリアはすぐに意識が現実が追いついてくる。すぐに手を引っ込めて額に当てると汗でぐっしょりと濡れている。

 ベッドから起き上がれば。朝焼けが漏れ出すカーテンを全開にする。鏡を見るとタンクトップ姿の自身の姿を見る。殴られて腫れぼったい顔もアザだらけの体も血まみれになった股も今ではもう過去のことだった。

 それでも連れ去られたアリスはどうなったのだろうと今でも悪夢がユリアに襲い掛かるたびに思い出す。

 ため息をついてついこぼしてしまう。


「……疲れた」


 前回の事件から1週間経ってからより治安は悪くなっていった。自走パルスガンは次々と憎悪を持つ人々の手に渡りそこらじゅうで殺人事件が発生している。

 ユリア自身ももうすでに20件の以上のパルスガン事件の犯人を捕縛しているが、剣の会やボーダレス商会もゲリラ的に発生するそれらを恐れて冤罪での射殺も多発している。

 住民の間で相互不信を抱き始めているのは数年前に警察機構が解体され、自治や自警が始まった頃に起こった騒乱によく似たものだった。


「いや今回は違うだろうな」


 ケドウやオーヘルをイヌモが支援しているのは衛利に言い出せないだけで、この件を関わるほぼ全員がもう分かっていることなのだ。

 その衛利も一週間前に起きたボーダレス商会の自律自走砲が放った砲撃で負傷。それでひと悶着おきかけたが義越と名乗る雅言の息子の説得で同盟崩壊はギリギリ阻止出来た。


 朝食をとるために部屋を出ると寮での世話をしているシスターが慌てて駆け寄ってくる。また何かあったかと身構えたユリアにシスターは問いかける。


「おはようございますユリアさん。リナさんの姿が見えないのですが部屋にいませんか?」


 一週間前に保護した少女は教会に受け入れられここで生活していた。


「……知らないな」


 ユリアはもう一度戻って自室の扉を開けるが誰もいない。


「忍び込んでもいない」

「じゃあどちらに……」

「部屋に何か変わったところは?」


 シスターは首を横に振った。リナの部屋まで案内されると机を見たユリアは駆け寄った。


「これは!」


 三つ折りにされた白紙と封筒。確かに何ら変哲のない物にしか見えない。それでもこれを見たのは二度目だ。


 ユリアがすぐさま首元に手を伸ばすが、そこにパラディウムを装着していないことに気が付いて部屋から出ていく。


(まったく。私も利府里を笑えないな)


 最初は道具頼みと笑っていた自分自身も便利な道具に浸りつつある。もう前のように己の五感だけで戦うのは難しいかもしれない。

 自室に戻りタンクトップを脱ぎ捨ててファイバーアーマー専用のアンダーウェアに着替えて首にパラディウムのCPU部を装着すると疑似筋力繊維が蠢いて適当に巻かれたそれを調整する。


【おはようございます】

(挨拶は良い。インクの反応はあるか?)

【反応有り。投影、前回のとは少し違う塗料のようです】

(何が違うんだ?)

【今回のものは明かりを受けると消え始める仕組みのようです】

(つまり。開けたばかりなら、誰でも読めるものなんだな?)

【その通り】


 やり取りの間に白紙に映る言葉の冒頭が目に入る。


 ―――


 ※この手紙のインクは約10分以内に消えるからすぐ読んでください。


 こんにちはリナさん。この度お兄さんが痛ましい出来事に会われたことを心の底より痛ましく思います。

 お兄さんの体は事件の直後の我々が回収して修復しました。体がその場になかったのはそのためです。

 もしもお兄さんを引き取りたいのであれば封筒の中にある別紙にある地図を頼りにするとよいでしょう。

 そこはかつて「中央病院」と呼ばれた病院です。今ではボーダレス商会の勢力下ではありますが、普通の人でも行き来している地域でもあるのですぐにたどり着けるはずです。

 ですが私たちも追われている身ですので一人で来てください。あなたは私たちの敵ではないのですから。

 いつまでも待てませんがお兄さんと会いたいのであればお待ちしています。


 オーヘル代表 ケドウ


 ―――


「ユリアさん?」


 先ほどのシスターが部屋から出てきたユリアを認めると少し後ずさった。全身にファイバーアーマーを纏ったユリアは鋭い眼光を飛ばしながらそっと白紙を手渡した。


「グランマに中央病院に行くと言っておいてくれ」


 繕うように優しい口調でそう言うと足早にユリアは去っていく。フル装備を纏い外でバイクに乗り込むと全ての気持ちが弾け飛びかける。


「ケドウ……。あの男っ」


 インクをしたためている男はどのような気持ちであの文章を書いたのだろうか。これまで仕掛けてきたあらゆる物事も全てあの男が仕掛けたことだ。


(なのに33って奴は)


 イヌモの人工知能は奴を庇う。ならば初めから自分達に勝ち目などないかもしれない。それでも自分の生き方に嘘はつけない。あの日から逃げるのはやめた。

 事件の結末は分からない。しかし、自分の答えは初めから知っている。


「ぶっ潰してやる!」


 奴は人の悲しみや痛みを利用する。何を企んでいようが全て粉砕する。ユリアが決意を抱きながらバイクを走らせる上を黒いバッタが飛んでいく……。



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