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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
集中攻勢
35/91

終わりの始まり

 見下ろした都市の上空に浮かぶ巨大なホログラム広告には、イヌモの製品だけの商品が流れていく。

 セントラルビルほぼ最上階に位置するオフィス。都市部から郊外まで電気で光り輝く風景をバックにした近衛は深く溜息をついた。


「それで、外傷程度で済んでいると言うわけか?」


 そのそばで佇むメイドは淡々と告げる。


【はい。エージェントの仕業であるかと】

「大変結構。英雄の負傷はメディアには売れるだろうが我々には不利益だ」


 利府里衛利のワードで検索すれば彼女の顔写真とプロパガンダ用に撮影、中には彼女を模した電子モデルで組み上げた画像もある。

 全て彼女がアーコロジーで見せる。寡黙だが力強く使命感を秘めた女性であるイメージはもはや彼女と関係なく独り歩きしてアーコロジー世論にヒロイン的な好印象を与え始めていた。


「海外派遣法案の世論は?」

【世論では先月に比べて支持率が約19%上昇の42%まで上がっており。イヌモ役員会議でも賛成多数。議会もそれら影響を避けられないかと】

「不足ではないか。まだ彼らには血を流してもらわなくては。背景をオフにしてくれ。それとラジオを例のチャンネルに」


 近衛が言うと窓は一瞬黒くなると、先ほどまで光り輝く郊外は一瞬で真っ暗となった。するとラジオから流れる男の声が響いてくる。


「……古今東西唯一の素晴らしさとは奉仕と献身。そして今の世の中、人による汚染を留め、住まう場所をなるべく狭める。世界に求められているのは最もそれを実行する強い力だ。だが……」


 不愉快そうな顔で自分で思い描いたトラックを再生と呟くと、ノイズが混じった演説が続く。


「我々はイヌモや巨大な資本によって民族と出自によって分断されている。だが、我々は共に貧しく。共に貧しいからこそ不足した物を奪い合わせられている。我々の隣には莫大な利益を持ちながら安寧に暮らす人々が居るにもかかわらずだ……」

「もういい」


 先ほどの上機嫌から一転して吐き捨てるようにメイドに問いかけた。


「エージェントから何か報告はないのか? この不愉快な演説について」

【ありません】

「全く。これでは私たちが悪者にみたいになるだろう。配給しているのにも関わらず、恩知ららずな奴らが勘違いを起こしてはたまらないよ。エージェントにもこの不愉快な『道化』を抹殺するように指令に加えておけ」

【承知しました。……近衛様。利府里衛利への処遇に対して33から指令の再確認が来ています】


 意外そうにしてから怪訝な顔をして問い直す。


「33が再確認とは珍しいな。変わらないさ彼女は戦果をあげ続けるが、最期は卑劣なテロリストに殺されるんだ。これで忌まわしい利府里の産物が全て消え去る。……彼女から兄の研究の継承を要求していたが、私がそれを許す理由はない。また私への脅威になる」


 近衛が思い返したようにメイドに聞く。


「そういえば司徒の研究室から引っ張り出した成果物はどうなっている?」

【コードメビウスはエージェントともに行動しており順調に計画の遂行を補佐しています】

「反抗的な言動はしていないだろうな」

【確認されていません】

「ならいい。どこの誰の脳みそをダビングしたのか知らないが……。用済みになればあれらも一緒に処分しろ。それと追加支援の用意は?」

【なんの問題もなく】


 メイドが右手を差し出してその手首付近からホログラムを発生させる。

 筋肉隆々とした巨躯。まるで昔話の「鬼」又は神話の「サイクロプス」を彷彿とさせた赤い光を放つ単眼の怪物が映し出された。全身を疑似筋力繊維で覆われ、ファイバーアーマーをより生物的なフォルムにした「機械」の設計図が浮かび上がる。


【オリジンはロールアウトしており。エージェントの要請によって廃棄地下鉄から輸送されています。輸送能力拡大も完了しております。それと反乱勃発への最後の一手も】

「よろしい」


 ―――


 明かりが少しだけ灯っている地下鉄のプラットフォーム。ケドウとメビウスは何かを待っていた。腕を抱えたケドウは突如メビウスに言い渡した。


「分かったよ。君が作戦を主導する場合は、あの子を巻き込んでもいいってことでどうかな?」


 メビウスがボーダレス商会に運用されていた自律迫撃砲を操作して衛利を殺害しようとし、オフィサーに彼女の生死を問い合わせてからケドウは何かを考えていたようだ。


「君の利府里衛利に対する殺意は十分に理解したよ。オフィサーからも、そろそろ彼女を殺しても良いとお達しも来てる。だが、僕は今の状況を楽しんでいることも理解してほしい」

「……」

「少しの我慢だろう。計画も第1段階は終わり。最期は革命と鎮圧で無事郊外を浄化して万々歳だ」

「明日にでも起こりそうですがね」


 遠くから鉄の擦れる音が聞こえ、それから揺れを足元から二人は感じ取った。光が徐々に地下鉄の線路を満たして車両がやってくる。


「子供の頃に一度乗ったきりだな」


 呟くケドウの言葉は虚空と迫る音にかき消されていく。

 止まった小さな貨物列車には小型のコンテナが積み込まれ脇に汎用フレーム達が同乗し、到着と共に起立するとコンテナを運んでいく。その中でコンテナがないところに2mほどの巨躯が直立していた。


「オフィサーからのおもちゃか。オリジンってやつ」


 近寄るケドウにオリジンは突然単眼を赤く染めて起動するとゆっくりとした動作で二人に近寄った。


「分かるかな」


 手を振るケドウをまじまじと見つめるオリジン。メビウスは一歩引いたところでそれを眺めていた。

「あ……」


 オリジンが発したであろう電子音にケドウは首をかしげた。


「あーあー」


 そしてメビウスはある嫌な予感がして近づいた。


「こんにちは」


 ケドウが挨拶すると今度はオリジンが返す。


「こ、ん、に、ち、は?」

「よし!」


 ケドウは確信を持ち。慌てて横からメビウスが止めに入る。


「待ってくださいケドウ。これは何かの間違いです」


 口をすぼめたケドウは反論する。


「えー。でもこれはこれで楽しいじゃないか。だってこいつ……」


 オリジンにまた手を振るとオリジンは自分の手を見つめてから降り返す。ケドウはメビウスの嫌な予感を言い当てた。


「たぶん赤ちゃんだぜ」

「な、なぜだ!なぜこんなことが起こる!?」

「ははは、余興はまだ続きそうだなぁ」


 メビウスの慟哭。ケドウの笑い声、オリジンがケドウの物まねし。奇妙な二体と一人の三者三様がプラットフォームで行われた。

 その脇をコンテナを持った汎用フレームが通る。虫かごの中には真っ黒いバッタが何十匹も収められ落ち着かないように狭い虫かごの中を飛び回っていた。

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