デジャビュ
利府里司徒。貴様はなぜ私をあんな場所に閉じ込めておいたんだ。何も感じることが出来ない空間で私の意識は目覚めた。ただ情報として奴の名前を知っている。彼が私の創造主であったからだ。そして永遠にも感じる時間、私を虚無の中に閉じ込めた男だ。
私には何かおぼろげに熱中していることがあった。誰かを愛していた。だけど何も思い出せない。記憶はないに等しいのに、この暗闇を苦しむ感性だけが残されていた。なぜこのような闇に放り込んだんだ。
もし。もしもだ。
私がここから出たのなら、絶対にお前に問いただしてやる。なぜこんな場所に閉じ込めたのか。なぜ私を生み出したのか。私の記憶はどこにあるのか全てを返してもらおう。そして全てを奪ってやろう。
いずれ……。
―――
ドローンから見下ろされた暴徒の位置はすぐに特定され、義越と衛利はドローンを使って投降を呼びかけていた。
【いますぐ武装を解除しその場で跪いて投降せよ。繰り返す……】
その道の途中で多くの人が転がっている。ほぼ全員うつ伏せで背中から複数の小さくて赤い斑点のような銃創から地面に向かって赤が流れている。
そして班長らしきフルフェイスヘルメットの男がその場で跪いているのが見えた。義越と部下は班長をとり囲んでヘルメットをはぎ取った。
おびえた顔をした男がそこには居た。
「巡回班の班長だな?」
義越は腰を落として班長と目線を合わせて問いかけ班長はうなづいた。
「通信で反撃したとあるが、監視映像で確認してもお前の部下が勝手に撃ったのは分かっている」
「仕方がなかったんだ……急に部下の野郎達が騒ぎ始めて止められなかったんだよ」
「それを止めるのがお前の仕事だろうが!」
義越の活に班長は沈黙する。
「それで、あいつらはなぜ騒ぎ出したんだ?」
「……仲間を殺したガキを、俺たちに協力しないホームレスが庇ったことに腹を立てたんだ。俺たちが命がけで治安を守ってやってるのにそれにただ乗りしてる奴が。自分達に不利益なことしやがる。これって不平等じゃなくて何だって言うんだ」
「……」
衛利は班長の前に回り込んだ。
「その不満を煽っている奴がいるの? 知らないならもう用はないけど」
含みを持たせた一言に班長は必死に頭を絞って考えた。
「ラジオだ。たしかたまにラジオジャックが起きて、不満や蜂起を促すようなことを言うんだ。俺は直接聞いたことがないけど」
「ラジオ……」
衛利はユリアの持って帰ってきた音声データを思い出した。義越は半ば宣告するように問いかける。
「じゃあ今回の事はお前たちの独断でこのような騒乱を引き起こしたと言うことか?」
「……」
はい。と言えば確実に破滅する一言を班長はためらっているのは明らかだった。
「そういうことらしい。利府里さん」
義越はとつぜん衛利に振る。先ほどは自身で手を付ける気だったはずから一転している。
「イヌモの地で起こったことだ。プライベートフォースが立ち会うならプライベートフォースが処理するべきではないか?」
続ける義越に戸惑いながらも衛利は答えた。
「ええ。確かに。あの少年だけが容疑者として保護に置かれるのはおかしなことですから」
その場で殺されることはないことを知った班長は大きく息を吐いた。
「と、とにかく。俺は反対だったんだ」
「残りの班員を探すんだ。抵抗したら撃て。投降したらつかまえろ」
義越は部下たちにそう命じると部下たちは散開して班員を追い詰めに行く。衛利は義越に問いかけた。
「ご協力に感謝します。てっきり」
「あなたも甘い」
「え?」
「先ほどは外部の者が攻撃したから我々はここまで冷酷になれた。しかし、今は我々があなたによって正される側にあると思いますが」
「あ……」
義越は衛利に呆れたように目を閉じてから言った。
「いや立場を弁えずに説教など、私らしくない」
「いえ。貴重なアドバイスですから」
衛利もなぜか義越の言うことに耳を傾けてしまっていた。
(そういえば兄さんもよく……)
遠い昔のようなおぼろげな記憶に衛利の判断も少し鈍ってしまっていた。
「不躾な質問で申し訳ないのですが、利府里さんの御家族は」
「家族ですか。死んだ兄が一人」
「ご両親は?」
「分かりません。顔も。兄は話したがりませんでしたから」
「調べようとは?」
「必要に思いませんでしたから」
首を傾げる衛利に義越はただそうですかと言った。
―――
だが、もう奴が死んだのなら。司徒。君の亡骸の代わりに君の愛した妹の命で我慢しようじゃないか。
―――
【警告:飛翔物を検知。迫撃砲弾と判定。当ユニットが被害範囲内と算定。着弾まで5秒。緊急回避……】
頭をあげた衛利の視覚がズームして天に上がる砲弾を目視すると、アイギスの神経掌握を衛利はキャンセルさせた。
(ユーザー優先権で再算定を命じる。東城義越の被害回避を最優先事項に設定。ユーザーの身体は無視して)
【警告:ユーザーによる装備の乱用としてオフィサーに重大な倫理違反として報告されます】
(警告は無視。弁解は後でする)
衛利の予感だった。義越の重傷や死がこの危なげな同盟の崩壊とセットになっている。雅言はこれに怒り何かしら無謀な事を起こすかもしれない。
それに義越が雅言の跡を継げば、もしかすると話の分かるトップよりは郊外に平穏と安定を築ける一要因になるかもしれない。
色々な考えや理由が頭によぎるが、なぜだろうか衛利は義越に対してそれ以外の自分では分からない感情が衛利を突き動かした。
「頭を下げて!」
「なっ」
自身の身体負担を一切無視して急速にイオンスラスターで急発進すると。義越に飛び掛かって彼の体に負担にならない程度に無理やり減速、力を抑えて走りはじめる。
一連の緩急で衛利の生身に損傷の警告が表示されていく。
(全力で爆心から離脱。願わくば遮蔽物に……無理。爆発中にジャンプ勢いを受け流しながら地面に倒れこんで爆発をやり過ごす)
取り残された班長は突然の事にポカーンとしながら衛利を見送る。その真横で迫撃砲がさく裂した。
【イオンスラスターを推力から障壁へと変異】
大きな衝撃と共に衛利はその場でジャンプして爆風に乗りながら更に距離を離して義越を抱きかかえた。その背中を爆熱と飛散する破片に晒されながら地面に倒れこんだ。
灼熱によって後ろ髪を燃け、背中の皮膚を熱エネルギーで損壊させ。砲弾内に込められた鉄片は電磁防御に干渉されながらも、ファイバーアーマーの繊維を容易に貫通していく。
…
「何が起こったんだ。おい?」
倒れこんだ義越が目を開ける。周りは土煙と爆煙でひどく視界が制限されていた。上に覆いかぶさる衛利をゆっくり押し退けるよぐったりと意識を失い脱力した衛利が荒く息をしている。
急いで衛利の背中を見れば複数の鉄の破片が突き立てられた背中と、隙間から漏れ出る赤い血液が地面にあふれ出た。
「なんてこった……」
すぐに衛利の背中に手を伸ばすと反射で手を引っ込める。余りにも熱く、その熱量を背中に受けている衛利の状態が容易に義越には分かった。
ふと頭の中を女の声がかすめる。
(許さない……)
滅茶苦茶になった会議室と、腕の中で死にかける女の姿がちらついてくる。
「クソ!なんでまた……」
義越が思わず叫ぶ。
「またこんな目に遭ってるんだよ俺は!」
錯乱にも似た状態だったが、衛利の手首からホログラムが浮かび上がると義越に話しかけた。
【東城義越。私は利府里衛利の支援AIです。あなたに利府里衛利の応急手当のサポートを依頼したいのですが】
「どうしたらいい!?」
【とりあえずこの場から離れて下さい】
義越は的確にアイギスに指示されたのにうなづいて衛利をしょいあげた。その際にアイギスの解けた疑似筋力繊維一本一本が衛利の体に侵入していくのを見て眉をしかめる。だが、侵入した繊維が破片をつまみ出して捨てる様を見て安心したのと同時に変な汗が伝っていくのが分かった。
難産でござった




