幸福の理論
・イヌモイーストアジア自律モデム エリア11より報告
行政圏内における平均幸福度の下落を確認。社会不安における破壊活動によるものと結論。
アーコロジー地域での平均幸福度は上昇。高水準のサービスの提供および、近年再編されたプライベートフォースのプロパガンダが肯定的に捉えられていると感情検知。
一方「最優先検体」の幸福度は急増。任務を遂行する上で自身の考えでの成功に達成感を感じていると推測。引き続き「最優先検体」への支援を継続し異常個体への幸福モデルケースを確立する。以上。
・監視者報告作成プログラム
当該報告をアーコロジー地域のみに改変し、それ以外を削除したのを監視者への報告とする。引き続き削除情報は暗号化した後に削除待機ストレージに更新情報を保存する。以上。
・33
承認
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LEDライトが照らす四方コンクリートで囲われた一室でケドウは満悦な笑顔で静かに笑っていた。そしてメビウスに彼は言った。
「もういいよ。計画を進めよう」
「手だしはしないはずでしたが?」
ケドウの手元に展開していたホログラムコンソールには黒の背景にオフラインと表示されている。先ほどそれにはシゲオの手に巻き付いたパルスガンの照準が表示され、義越の腕へと銃撃した。
その時の衛利の顔を見てからケドウはずっとこの様子だ。
「うーん。これはとても気分がいいね。気の毒だけど」
とてもうれしそうなケドウはホログラムを閉じて、再び缶に手を付けてスプーンと共に炊き込みご飯を頬張った。
「ケドウ。一つ聞いていいですかね?」
「珍しいね。どうしたんだい?」
「あなたは破壊と人助け。どちらが好きなんですか? どちらもあなたはとてもうれしそうな顔をしている」
「そりゃあ私は普段人助けが好きさ。だけど故ある破壊は、やりがいがあるね。……勘違いしちゃいけないよ。私は普段から人助けしなければ生きられない程弱い平凡な人間さ」
「今さっきの故は?」
「利府里衛利。あの子がパルスガンを撃った後の顔を見たかい?」
「すごい形相でしたね」
「私はあの子が感情的になっている所が見たいのさ。気になる相手に意地悪したくなっちゃう。いや、それもそうだがもう一つ。あの子に教えてあげたいんだ」
「教える?」
「カタルシスさ。人は内側に抱えた物を吐き出す時が最も幸福なときだと私は考えているんだ。ある時は創作や仕事と言う物へと昇華し、ある時は破壊と暴虐で露出する。前者は良きもの、後者は悪しきもの。だが、こう考えると現代の良きものは機械によって独占されてしまった。人間の生産と言う善行は誰にも見向きされなくなった」
「……残されたのは悪しきカタルシスですか」
「だから彼女に教えてあげるんだ。現代で一番素晴らしい体験とは恨んでいる相手を殺すことだってね。港湾組合のはあれじゃあ全然足りないよ。必要性に迫られてしたことだからね。しかたないで片付いてしまう」
終始朗らかな言ったケドウは厚い本を取り出して付箋だらけの中で一つをつまんで開いた。
「これにはいくら報復心を抱こうとも、怒りを神に任せろと言う。平和に暮らし、敵にも許しを与えればいずれ神が敵に報復するとね。でもこの文は嘘だった」
ケドウはわざと悲しそうに本を顔に押し付けてから本を下げて顔を上げた。顔は笑っていた。
「だから私は死を振りまく。生き残りには幸福を、死者にはこの世からの離脱と安らかな眠りを」
ホログラムを再び開けば燃え盛る高架下のテント群が並んでいる。ケドウがまた嬉しそうに口角を吊り上げる。
「そう言っている間に第二ラウンドだ」




