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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
集中攻勢
31/91

繰り返された死

 防弾チョッキ等の装具で身を固めた義越とその護衛達が歩み寄る。シゲオの顔は引きつっていたが衛利は待っててとささやいて前へ出た。


『大丈夫か利府里』


 ニッシュと会ったとき衛利が人と言葉を交わすことに慣れてないと感じて前に立ったことを思い出したユリア。


『大丈夫です。相手が邦人なら私の方がやりやすいでしょうから』


 ユリアも怪しまれないように自分からマントを顔を出して様子をうかがうことにした。義越は前に出た利府里にさわやかな笑顔を向ける。護衛の一人が通信するとハイイーグルが帰還するのが見えた。


「初めまして。せっかくイヌモのプライベートフォースにお会いできたのに、身も蓋もない話で申し訳ないのですが、その少年をこちらに引き渡して欲しいのです」

「この少年は既に私たちで身柄を拘束しています。イヌモ企業圏である以上はプライベートフォースの確保した容疑者はアーコロジーでの裁判を受けることになっています」


 うなじにあるアイギスのCPUが提供する法律の知識に基づいて衛利が理屈を並べるが、義越も言われっぱなしではない。


「もちろんそれは存じています。これまでここの治安維持や私刑に関しては我々が取り仕切っておりましたからね。それに我々はオーヘルのテロリストの攻撃だと思い教会に協力を要請もしました。しかし、ただ単純な犯罪行為であるなら。これまでの慣習通りに我々に裁かせていただけないでしょうか?」

「ここでの慣習法は私たちにとっての法とは言えません。根拠として認めるわけにはいきません」


 義越はふむと一度はうなづきながらも目を細めて言った。


「幼少のころからアーコロジーで過ごし、イヌモの名を持ってその装具に身を包んだあなたには分からないでしょう。ここの治安を維持すると言うことがどういうことなのか」

「……」

「自警団による治安維持が成立してから、我々の敵は何も外来種やテロリストだけではない。ここに住む者にも目を光らせて監視しなくちゃいけない。持つ者が少ない人間が牙をむかないように。安定するまで我々の仲間がどれだけ血を流してきたとお思いでしょうか?」

「そんな感情論で……」

「それでも感情は我々の一部です。更にここの治安を預かる者として罪人を処断出来ないなら。剣の会のメンツは潰れ、見張られている人々はどのような感情を抱くのかは想像に難くないはずです」


 どうしても住民達の上に立つのであればちらつかせなければならない権威。決して侮られてはならないうえで、例外を存在させてはならないのだ。


「しょせんイヌモのに媚びへつらう弱い物いじめだけ得意な集団。そう思われたら我々は終わりです。特に我々の治める地域においては。それは反抗を生んで命取りになる。だからこそ我々はこの少年をこちらで裁かなければなりません」

「事情は分かりました。ですがそれは我々イヌモも同じことです」


 衛利自身もその理屈を利用した。


「確かにイヌモも実際の治安維持を皆さんに任せてはいますが、行政権を手放した意味ではありません。プライベートフォースはイヌモの権力の一部です。あなた方にそれを否定出来るものではありません」

「……」


 イヌモと言う巨大組織の力を笠に着ていることは衛利だってわかっている。だが、ここで押し切らなければアーコロジーで住む者とそうでない者との差を我慢できなくなる。

 義越は少し黙ってからうなづいた

「分かりました。さすがにイヌモの権力に逆らう真似は出来ません」


 そして衛利に道を譲った。


「せめて、我々が彼らの確保に協力したことは考慮して頂けたら幸いです」


 含みのある言葉を添えられた衛利とシゲオは、義越達の前を通り過ぎていく。アイギスは彼らを脅威と捉えずに味方の識別を出したままにしている。

 だが、少し通り過ぎたところで。ユリア達の方へ義越達は歩きだした。ユリアは睨みつけて彼らを迎える。


「何の用だ?」

「ふむ。とりあえず容疑者の親族と見たが」


 指さされたのはリナだった。ユリアは大声で否定する。


「この子は関係ない!」


 義越達は足を止めない。気が付いた衛利は踵を返して抗議した。


「離れて下さい。この子は今回の事に無関係ですから」


 義越も振り返って衛利と相対する。


「この件に関わった人間を保護するのは我々の責任でもあります。仲間を殺されてから我々の末端も相当気が立ってますからね。報復がその子に及ばないように保護しなくてはなりません」


 保護。と言うと聞こえはいいが狙いは人質なのは明白だった。反抗的な人物の親族を手元に置いておき、もしシゲオが自由になっても彼らから逃れる事は出来なくするためだ。


「保護はネスト教会でする。だからこれ以上この子たちに関わらないでくれ」

「事情を汲んでくれないだろうか」


 すると衛利の後ろから大声がした。


「おい!その手をどけろ!」


 右手に取り付いた小型パルスガンを義越へ向けると衛利が割って入った。義越の護衛達はすぐさまアサルトライフルをシゲオに一斉に向ける。


「止めて!ここは任せて」


 右手を伸ばして待てと衛利が抑える。シゲオも理解してすぐに撃とうとすることはしない。再び衛利が義越に向いて詰め寄った。


「我々の確保した容疑者親族の保護はネスト教会に依頼しています」


 とっさについた嘘だが義越にカマをかける。


「ネスト教会はここらの付近の治安は任されてはいないはずですよ。保護の適任は我々が相応しいではありませんか?」


 爽やかそうな顔と声で粘る義越。容疑者は諦めるがただでは逃がさないつもりなのだ。容疑者の取り扱いについてはあるが、容疑者親族への報復を防止する法はない。アイギスも沈黙し衛利も答えが詰まる。


「先日の同盟でも改めて我々の領域での権限をはっきりしてくださったはず」

「……」


 衛利が言葉に窮している間に義越はリナへと手を伸ばそうとした瞬間。一筋の風が路地に吹きぬいた。


「ぐあぁ!!」


 突然義越が苦しんだ声を出すと、伸ばした右腕が飛ぶように弾かれて体ごと持っていかれて倒れこんだ。発砲音がなくただの銃弾ではないのはその場の誰もが理解した。そのような武器を構えているのはただ一人だったのも。


「やれ!」


 護衛の一人が叫ぶと元から狙われていた照準が少年の体を捉えるのは秒もなかった。


「ち、違……」


 シゲオは首を横に振って一言こぼした。


「やめ……」


 衛利がアイギスの電磁バリアを全開にして射線に身を晒そうとするが、衛利の体は意思に反して硬直したまま動かない。


【緊急介入:使用者保護を優先】


 一斉射撃。


 衛利は自身の横をすり抜ける弾に何ら反応出来なかった。アイギスが運動神経を抑えつけられ、その場で彼が倒れるさまを縛り付けられたまま見せつけられる。

 少年の体は着弾部の特殊弾が破裂して裂けていく。ボトリと右腕が落ちるとヘビはニュルリと身を隠そうとするが、ユリアの拳銃にすぐに撃ちぬかれて破砕される。


【容疑者の心肺停止、脳死確認。死亡を判定】


 アイギスが裁定したモノからの血が衛利の足元に伝う。後ろから金切り声のような慟哭が聞こえる。衛利の背中に鳥肌と悪寒が走る。血の気が引いた。


「私は……今度は私が」


 血から後ずさり衛利が持っていたコインガンを取り落した。動悸が早くなっていき。ビクついて後ろをすぐ振り返れば義越に群がる護衛達と、リナを抑えるユリアが居た。衛利は壁に背中を合わせてると、彼の顔に自分の兄の死に顔が映った。


「お兄ちゃん!……お兄ちゃん!?」



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