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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
集中攻勢
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理解より共感を

 かつてイギリスで織物機械の飛び杼の登場を危惧した紡績業者の抗議は、今日までに至る我々の抗議と似ている。

 技術と科学は間違いなく労苦から人を解放し、世界はよりよくなっていくと思う。世界に奉仕する者からされる者になればの話だ。

 間違いなくイヌモだけでなく社会を存続させている巨大組織は世界人口全てを養うことは出来るはずだ。現に何十万人の人間があのアーコロジーで穏やかな生活を送っている上に、多くの物資が外国に輸出されているのかを我々は知っている。

 我々は多くの物を要求しているわけではない。ただ外側の人間に与えているのは間違いであり。

 アーコロジー移住が始まった際の戸籍の更新に漏れ、高額な更新料を払えず戸籍を失う貧しい者。生まれてから戸籍登録できない子供達が既存の配給システムでは賄えない程に莫大な数へとなっていく。

 イヌモはそれに対して一切の改善を見せる気はない。

 なぜなら。富裕層にとって貧民層は邪魔者に過ぎないからである。彼らは我々を根絶しにかかっているからである。

 戦争や弾圧に訴えれば正義ではないが、私有する財産の防衛として分配を滞らせる事で、消極的に我々を麻縄で絞め殺している。

 私はそれに従うことは出来ない。生存は人間と社会が交わした約束である。それを一部の人間のエゴによって侵されるなら我々は今、攻撃されている。殺されてかけている。

 相手が殺そうとしているなら我々も相手の邪悪な意図を挫かねばならない。

 犠牲無き解決の機会はとうの昔に失われている。


 ―――


 夕暮れ。円卓の部屋で座るシスターグランマは暗い表情で衛利とユリアの前でタブレットの音声再生を終了した。


「これが……電波ジャックで郊外一帯のラジオに伝わったようです」

「あの音声と同じ男の声だ」


 音声データを回収したユリアは目を閉じて何かを抑えるようにつぶやいた。衛利は目の前に浮かぶホログラムで声の波長を見比べていた。


「この声の主がオーヘルのケドウと言う男のモノなのかは、ニッシュに聞いてみましょう。手掛かりになるかも」


 そういうとグランマは少し瞬きをして聞き返した。


「ケドウ。私は初めて聞きましたよ」


 ユリアははっとしてすぐに詫びる。


「あ、すみません……」


 グランマは少し顔を下げている。


「ケドウ……」

「知っているのですか?」


 衛利は食い入るように身を乗り出した。


「昔の話よ。化堂さんと言う夫婦とその一人息子さんがここに通っていたの。ここが前の建物がまだ焼かれる前に。ただ偶然名前が一緒であっただけかもしれないけど」

「焼かれる?」


 初めて聞いた教会の過去に言葉を選ぼうとした衛利に、ユリアはすかさず言葉を挟み衛利の疑問と話題をふさいだ。


「グランマ。どんな人だったんです?」


 妙に感情がこもっていない様子に衛利はついユリアに振り返ってしまう。


「ええ。でも、普通の人達だったわ。息子さんは皆に馴染まないで本を読んだり浮いていたけど。両親の事を大切にしている優しい子だったわ」

「それで、どこに行ったか分かりますか?」

「お母さんが病気になったから、今は商会勢力下の病院に近くに引っ越してから。それっきり」

「病院……焼かれる前の時ならあそこの一つしかないはず。明日調査してみよう」


 思い立ったようにユリアは立ち上がると退出するが、いつもと様子が違うのに不審に思った衛利は追いかける。

 廊下で呼び止めた衛利にユリアは首だけ振り向いた。


「待ってください。ここが火事になったのは初めて聞きました」


 グランマは目配せしてユリアはをそれに応えた。


「……来いよ。周りに何があったか聞きまわれるのも嫌だからな」


 ユリアの言葉にいつもの覇気はなく。やさぐれていてなげやりだ。黙ってついていくと中庭の隅にある石碑へとたどり着いた。


【暴動襲撃慰霊の碑】


 ただそれだけの文字が刻まれた石の前でユリアは明後日の方向を指さした。


「実は7年前、教会は別の場所に建っていたんだ。古い木造でな。火が回るのが早かったよ。逃げ出すのがやっとだったんだ」


 愛おしそうに石碑に手を触れる。


「知ってる人も犠牲になったんだ。でもな……」

「ユリアさん?」


 手を震わせて顔を下げるユリアに衛利は近づくと、いつもより仏頂面で石碑を見つめる。


「逃げ出した先に居るのはノリと勢いで焼き討ちしてる排斥デモの群衆だ。逃げ出した奴が同胞じゃないと分かれば子供でも容赦はなかったよ」

「……」


「命だけ取られなかっただけマシさ。だが群衆だから誰が私たち何をしたのか分からず仕舞い。結局誰も裁かれてもいない」


 だから。続いた言葉の先でいつもの落ち着きをユリアは取り戻していた。


「あいつがラジオで言ってる言葉。共感出来ないと言えばうそになる。それは私だけじゃないだろう、だから危険だ。たとえデタラメだろうが、あれは気化した燃料に投げ込まれたマッチの火だ。共感を刺激されれば、人はたちまち怒りを解き放つだろう」


 ユリアは衛利を見つめて見通すかのように尋ねた。


「なぁ利府里。あんたも兄さんを殺した奴をぶっ殺せば、とても気分が良いと思わないか?」


 周りで遊ぶ子供たちは既にいない静寂な中庭で二人きり。夕日に照らされるユリアの穏やかな顔に衛利はつい見つめ返してしまう。


「共感はします。ただ理解はしません」


 そうか。先ほどの会話に合わない微笑のユリア。そんな二人にシスターが気まずそうに寄ってくる。


「あの。二人きりのところお邪魔してすみません」

「「いや別に……」」


 あらぬ疑いを同時に即否定する二人に怖じ気付きながらもシスターは報告する。


「ただいま郊外の邦人区で大量殺人への対処要請が剣の会から入りました。すぐ指定現場へと来援をお願いするとのことです」


 二人はすぐさまシスターの脇を通り過ぎていった。

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