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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
集中攻勢
26/91

予言

 マンションの屋上で相対する衛利とメビウス。メビウスの後方では装甲の一部が凹んだソルジャーがワイヤーを打ち付けて飛び降りて後退していく。


「ドローンで追跡」

【エラー:目標消失】

「……エラー?」

「無駄ですよ」


 衛利の視界端で上から自身見下ろしたミニマップ。その敵性反応である赤点の表示があらゆる方角から、無数に発生している。


「囲まれた?」


 辺りを見渡しても敵の姿は見えない。光学迷彩で潜んでいるわけでもない。


「人間の体と言う重大なハンデを背負うのはさぞおつらいでしょうが」


 メビウスが杖、もとい棒の先に装飾のように付けられたサブマシンガンのグリップを手にする。悠長にサブマシンガンを向ける前に衛利がコイルガンで先制するが。


「ブレる……」

【ロックオンを無効。友軍識別】


 いつもは視界にしっかりと表示されるロックオンが揺れ動き続ける。


【敵からの膨大なデータ発信を確認。特定中……】

「あなたの役目は既に達成されている」

「役目?」


 その間にサブマシンガンから乱射される拳銃弾。衛利はイオンスラスターを放出しながら、高速で体をスライドさせて弾幕を回避して屋上階段のある小部屋を盾にする。


「役目ってどういうこと?」


 声に少しだけ興奮にも動揺とも取れる感情が乗っているのをメビウスは見逃さない。


「そうですね……」


 射撃を止めたメビウスは聞き耳を立てているであろう衛利にもったいぶるように告げる。


「私も作戦に則って動いているのは確かですよ」

「いったい誰の?」


 サブマシンガンの銃口をしっかり声のする方向へと向けると、サブマシンガンの後ろに付いている杖が僅かに前進してロックされる。杖は電力を供給し銃口の付近に僅かに緑のプラズマが迸る。


「知る必要はありません。これで終わりですよ」

『メビウス。聞こえるかな?』

「ケドウ?」


 突然の通信に困惑するメビウスは銃口を上げる。


『作戦は既に達成している。終わったなら無駄な戦闘は避けて帰還するんだ。それに彼女の排除は優先度が低いものだ。仕方ない時にやる時だと言ったろう?』

「ええ……」

『それとすまない。もし目の前にいるなら彼女と少し話せるかな?』


 メビウスはマントから身に着けている無線機を衛利へと掲げて最大音量で流す。


『聞こえるかな? 利府里衛利』


 衛利は突拍子もない話し相手に警戒しながら返す。


「だれ?」


 男は古い知り合いにあったかのように、懐かしみながら自己紹介する。


『僕の名前はケドウだ。5年ぐらい前か、君と顔を合わせたね。セントラルタワーの下あたりで……』


 君の兄さんを殺した男だ。


 身の毛がよだつ感じとはこのことだと衛利は身をもって実感していた。あの日のフラッシュバックと共に唾を飲み込むだけで仇へとかけるなんの言葉も浮かばない。


『だけど僕には分からない。聞かせてほしいんだ。君は今どんな気持ちで僕を追っているのか?』

「……」


 質問の意味が分からなかった。その間にも彼の言葉続く。


『もしかして。君はただ僕たちが悪い奴らだから。なんて理由だけで追っているわけじゃない。身分ではなく、君の気持ちが知りたいんだよ』

「そんなの関係ないでしょ!私は……」


 言い切れない。無感情であるならミッションに私情はもちこまないと言えばいい。普段ならそう言えたかもしれないが、ふつふつと湧き出る感情と足の震えが止まらない。


『そうか。君にはカタルシスがないのか』

「カタルシス?」


 テロリストに似合わない単語に衛利の困惑は更に加速する。


『そう。港湾組合の連中を殺した時は、僕はとても興味深いと思ってね。兄の仇を殺すためならどんな障害も喜んで破壊するって気がしてね』

「私は命令に従っているだけ。快楽殺人者と一緒にしないで!」


 かき乱された心は心外な言い草につい感情を剥きだして反論してしまう。するとケドウは少し時間を置いた。


『分かった。でも、自分の気持ちに素直になった方がいい。こんな世の中ならみんな心が荒むのも仕方がない』

「余計なお世話を」

『だけど僕は、みんなの心に安寧を得る事を心の底から願っているだけなんだ』

「みんなに? どんな理屈で安寧を得させると言うの?」

「ケドウ。それ以上は……」


 メビウスの制止を聞かずにケドウは少し上ずりながら言った。


『尊厳を踏みにじる行為を許さない暴力装置を、互いが持っている事だよ』


 唖然とする衛利にケドウは止まらない。


『目に見えない小さな暴力が多くの人々を抑圧しているのは良く知っているだろう。弱者が更なる弱者を抑圧する構図だ。ならば力関係を全員に平等に与えたら良い』

「そんなのイヌモが許さない。地元の組織も黙っていない」

『統治機関や支配者達が何と言おうと関係ない。見下されれば辱められて殺されるかもしれない。その現場で誰も守ってくれないなら、縋り付くものを配ることを悪いこと思うかい?』

「抑止論のつもり? 銃を持つ権利を標榜した国家でも、抑止力であるはずの銃は犯罪者の凶器になっただけなのに」

『凶器になった。大いに結構だ』

「なぜ?」

『大衆や社会が、弱者に尊厳と礼節を欠くなら。弱者が社会を大切にする必要がどこにある? 破壊は弱者に残された唯一の自己表現とカタルシスの機会だ』

「お前の理屈だ!」

『だったら君が、皆が互いに思いやる公平な社会を作って見せるんだね。死をちらつかせなければ真剣にモノを考えられない上層部と、道徳が通用しない人々を相手に。結構。ならば君の考える統治を我々を殺してやってみせると良い。さらばだ。未来の独裁者様』


 無線が切られるとメビウスもすかさず離脱する。追跡を命じたドローンからのデータリンクは、妨害目的の偽反応が数えきれないほど受信され無意味となっている。

 しばらくして震えはおさまった。ただ思考をグチャグチャに乱された衛利は、既に本能的に自身には敵に対して決定的に足りない何かに怯えていること気がついた。

 自身の思想への信仰心と絶対的な自信。システムや構造に依らない不条理な破壊への信仰と信頼。それだけならまだしも彼らの理由を衛利は反論しようにも否定することが出来なかったからだ。

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