未掌握地域
衛利がしばらく郊外を警戒していて分かったことがある。
邦人と移民による人口密集度が凄まじいことになっている。イヌモの進めた過疎地域を廃止する行政縮小と、海外難民を無条件に受け入れる政策によって一か所に人々が集まったしまったからだ。
そこでは元の住民と新たな住民との間でのトラブルや大小の価値観や社会観の違いを避けるべく、可能な限り同じ仲間同士で固まって生活していた。
同士が優勢の場所からよそものを追い出し、同士が劣勢な場所から追い出されること繰り返されたことで、段々と似た者同士は濃縮され、邦人とそれ以外の大枠になるまで続いていた。
更に寄り集まって生きることで、郊外が狭い土地であるにも関わらず、治安の悪さ故にならず者に襲われやすい恐怖から、積極的な土地活用が進まずに空白地帯が出現してしまう。
ここを「未掌握地域」と現地では呼んでいた。
―――
ユリアはボロになった施設が並ぶ地域へと足を踏み入れていた。真っ白いマントを羽織り、ラングレーに跨って自身が管理している監視ドローン情報を解析していた。
かつて大通りのあったここは、駅や商業施設によって賑わっていた。しかし、イヌモが進出してくると次第に住居と商業施設が一体化したアーコロジーによって人口や経済を吸われ、寂れてしまった。
今では手入れされずに植物が伝っていたり、ボロボロになって見えなくなった標識。道路だけは風化に強い技術がされているのか走ってもそこまでデコボコ感はない。
「ワンワン!」
「どーどー」
ラングレーが停まると、ユリアの視界に施設の奥に人影らしき表示が表れる。これはラングレーが捉えた情報であり、次第に鮮明に表示に補正が入る。ユリア自身の目には目の前の建物の為に直接見るのは叶わない。
「パラディウム。監視ドローンは?」
【周辺地下の磁場によって動作が不良です】
「……そうか」
拳銃を取り出したユリアはローテーションを組んでいる衛利に報告だけを飛ばして周囲を見る。
「アウトローだな。待ち伏せか?」
これまでもユリアを単独と見て襲って来たアウトロー集団は何人もいた。もちろん徒手空拳一発で一人を気絶させれば皆逃げていったが。
「痛めつけても懲りずに……」
一向に人影は補足されたまま動く気配はなく周囲に仲間らしいのも見えない。
「どう思う? パラディウム」
【生体反応には引っ掛かっているので死体ではないようですが】
「ただの浮浪者かな。いや……」
警戒しながらも憶測を立てていく。悪意を持った輩が掃き捨てられた地域に、ただの浮浪者がいるわけがない。いたとしても普通の浮浪者ではない。
【反応消失】
「どうした?」
補足していた人影が降りるように下へと消えた。
【マンホールに入った】
「……行くぞラングレー」
「にゃ~」
電磁ホイールを回転させると、建物を迂回して先ほど人影が居た路地へと近づく。路上にはフタがずらされたマンホールがパックリ口を開いていた。
「……ただのホームレスの住処だろうが。小型ドローンを」
【手持ちのでは不可能です。先では更に強い磁場が確認されています】
「つまり?」
【手持ちドローンでは遠隔操作が途切れてしまいます。監視ドローンはサイズ的に厳しいのですが】
「他にないのか?」
【ここになかったらないですね】
「やれやれ。さすがに一人で入るのも加勢が期待できないとなると厳しいよな」
肩を落とすユリアにラングレーがアピールするように唸る。
「う~」
「ラングレー。お前は私の足と言う大切な役割がある。ならず者がうろつくところで歩きはごめんんだよ。……ん?」
ユリアはマンホールのフタ近くにある小型のメモリーチップを見つけて手に取った。
【温度と皮脂から先ほどの人物が所有していたもののようですね】
「これは解析出来そうか?」
チップをパラディウムの手のひらにあるシリコンに端子を差し込むと、端子が反応するよう柔軟に変化させたシリコンが内部データを読み込み始める。
【音声データが内蔵されているようです。音響攻撃用ではないようです。再生しますか?】
「ああ」
再生されたのは音声で、録音状況が悪いのか少しだけ音質が悪く。周りに聴衆がいるのか騒がしいが段々とシーンと静まり返ってから。
男の声が聞こえる……。
―――
私たち、いや今こそ我々と呼ぶべきだろう。
人種も出身も関係なく、人間と言うだけで世界から侮蔑された。ただ一人一人の人間がいるだけだ。
あなたも私もだ。
この30年。資本家たちが思う労働者への懸念は全くと言ってもよい程なくなってしまった。光子プリンターによって工業製品から日用品、食品から。あらゆるサービスは汎用フレームによってだ。
創作すらもAI作家が生み出した無数の作品だ。人間の創り出したものは、消費者からも必要とされることはない。
人間の働く場がなくなっていく間に、彼らは国家へと侵入し。人々を保護する政策を骨抜きにし、自己への税率を下げていくばかりだ。
富の再分配は停止し、我々は壊死する立場に置かれた。
これは経済的下層階級への大量虐殺だと言わずして何なのか。
諸君らの幼い子や兄弟、体の弱った親族達を我々は何度見送ってきたことか。
アーコロジーの人間は、何かあっても遺伝子治療を施され、病では重症化せず。異常があればすぐにでもクリニックに駆け込めるではないか。
彼らが機械が作り出す幻想と楽しみ生かされているのに対して、我々は懸命に働きながら日々の糧を作り出しているにも拘わらずだ。
私はもはや看過することは出来ない。ならば立ち上がるだけだ。
我々の名は「オーヘル」
この世界を変えることは出来ないかもしれないが、それでも我々は怒りをぶつけることは出来るはずだ。
少しでも奴らに報復するのだ。それだけが我々に残された「生」の意味だろう。
―――
歓声とアーメンが通路に鳴り響く。
【演説でしょうか。ネットに類似したものはないようです】
「……くだらない」
そう吐き捨てたユリアは、険しい顔でその場に佇む。
【追跡しますか?】
「そうだな。あの人影はオーヘルの情報を握っていた……」
【……まだ時期ではない】
突然パラディウムの声が切り替わる。ユリアはドキリとして聞き返そうとするが。
【保護プロトコル】
「がぁ!」
突然頭を突き上げられた感覚が突き抜けて、ユリアが思わず限界まで仰け反ってから、反動で腰を折りながらも踏みとどまる。
【大丈夫ですか?】
「な。何があった?」
【ログでは(過労)と】
「……そうか」
ユリアが頭を抑えると手に持っているメモリーチップの存在に気付く。
「これは?」
【先ほど回収したものです。ここに落ちていました】
「そうだったか? ……ほかに何かあったか」
【いいえ】
様子のおかしさに気付いたラングレーが近寄ると、ユリアはヘッドパーツを撫でて深くため息をついた。
「く~ん?」
同時に先ほどの演説の内容を少しずつ思い出していく。
「大丈夫。大丈夫さ」
頭を振って濁った思考を振りほどいた。ちょうどその時だった。緊急連絡回線で衛利からのコールが届いた。
『ユリアさん聞こえますか?』
「どうした?」
『剣の会の哨戒が襲撃されました。今現場に向かいます』
「すぐに合流する。行くぞラングレー」
電磁ホイールの電圧の音を上げながら爆走するラングレー。ユリアは自らハンドルを握るとオートパイロットを解除する。
【なぜマニュアルで?】
「今はなにも考えたくない」




