合意の円卓
食堂に入ればまだ昼前な上に礼拝中であるため人が少ない。給仕が雅言と衛利の机に焼き鮭とごはんを持ってくる。
「呼びつけて悪いね」
雅言は髭をいじりながら恰幅の良い体を正した。
「郊外の連中は、イヌモが行ってきた政策にはかなり腹が立っている。だが、天下を取られてしまった以上逆らうのは得策ではない」
「ごめんなさい。どんな政策でしょうか。資料には何も載っていなかったものですから」
意外そうな顔をした雅言は咳ばらいをする。
「……私は昔からここに住んでいたが、イヌモが政府から行政権を買い上げた時から、合理化とやらに基づいて行政を放棄された地域から、ここに移ることを余儀なくされた日本人達の面倒を見ていてね。その集まりが剣の会なのだよ。前身は地元の商工会だがね」
「……その諸改革は地域社会が崩壊した人々への救済が名目です」
「実態は名目のようにうまくはいかなかったのだよ。例えそう教科書に記されていようとな」
そう言うと鮭を口に運びご飯を一口、味噌汁をすする。
「うん。おいしいじゃないか」
「立ち退きの際にアーコロジーから漏れた方に、十分な生活支援を行っているはずです。失礼ですが、何かご不満でも?」
「確かに日々生きる物資を貰っている身でありながら大変恐縮だが。それが十全に行き渡ってはいないし。治安も悪く、それを正そうとしない者がここの政治を担っている」
「自警団の組織を認めています」
衛利の淡々とした反論に首を横に振った雅言。
「あんたさんの立場では、そう言うしかあるまいね。ただ安全には力が必要なんだ。他者を圧倒する何物にも逆らえない力と言う物がね」
「……」
「外来種共に力を与える時は、我々の存在を忘れてもらっては困るよ。あんたの上司によく伝えておいてくれ」
―――
日常である礼拝に参加するグランマに変わり、ユリアはニッシュのニッシュは焼きたてのブレッドに舌鼓を打ちながら相対したユリアに質問する。
「ところであの子はどんな人なのかしら?」
衛利を指しているのは百も承知だ。
「口数が少ないからなんとも」
「そう……じゃあ。あなたのお話を聞かせてもらえないかしら?」
「私ですか」
戸惑うユリアにニッシュは気楽な笑顔で話しかける。
「ええ。仲良くなりたいのは、勢力としてではなく。気が合う人ともね」
「気が合う……」
「そうよ」
ブレッドを一口含んでからティッシュで口元をぬぐう。
「あなただって大切な人を理不尽なことで失っている。そういう風に見えるけど」
少し顔を前に出したニッシュから目を背けて悪態をつく。
「同情はいらない」
「同情ではないわ。共感よ」
テーブルから互いの間にあるものを横にどけて手をのせる。組まれた手をユリアはふと見やるとニッシュは語りだす。
「本当の名前があったわ。もう捨てたけど。国もなくなったし、途中で家族と離れた」
「そんなのここにいる人たちはほとんど……」
「それが? 同じ境遇の人間が居るからって悲劇を過少するのは酷じゃないかしら?」
「悪かった」
「別に怒ってるわけじゃないけどね。いいわね。ここの食事は」
ブレッドをかじりながら、カップに入ったコンソメスープをゆっくりとした手つきで飲む。そうしている間にもニッシュはユリアの反応を伺う。
「これからよろしくね。同じ場所に住む者同士として」
馴れ馴れしい態度に少々触るところがあってもユリアは渋々でも応じる。
「ああ。そう願うものだよ」
「ふふふ」
「……」
話し合いは午後にも開かれ、シスターグランマの仲介もあった。互いが妥協できるラインで境界を定め、係争地は教会が管轄する。テロリストの掃討が終わるまで抗争の停止。どこの勢力も掌握していない地域での情報収集。定期的な意見交換。教会管理での港湾の使用。
合意によって二人が教会から退席すると、グランマは胸をなでおろた頃には日が傾き始めていた。
―――
「もしもし雅言だ……ああうまくいったよ。外来種共の結託を阻止出来た、例のスパイに礼を言っておいてくれ。全く我々を除け者にして相談とはけしからん奴らだよ。……それと国防軍からの支援の話はどうなっているかね。資本家の日和見主義者をあてにしててはいつ滅ぼされるか分かったものではないからな」




