呉越同舟
円卓には4人着席していた。
グランマ、ニッシュ、利府里衛利。最後の来客は電子タバコ片手に白髪をオールバックを晒して整えられた身なりをしており。灰色の紳士服の胸ポケットには剣の会の証である刀をモチーフにしたワッペンが光っている。
東条雅言は一服してから、冷徹な表情をした面々に臆することなく発言する。
「剣の会としても港湾利権の動きに対して静観するのは無理な話と言うことをお伝えしたい。その上で君たちが話し合うと聞いてちょうどいい機会だと思って訪ねてきた次第だ」
「……」
重たい雰囲気なのは気のせいではない。グランマやニッシュだけではなく、この場にいるほぼ全員が今にも襲い掛からんとばかりな目で睨んでいる。
「よくもまぁ護衛すら連れずにここまで来たもんだね。人殺し集団さんのお偉い方が」
ニッシュは挑発がてらに当てつけると意外にも流すことはしなかった。
「これまでの抗争は仕方ないとは言え。今ではまっこと遺憾に思っている。関係者達に腹を切らせただけでは済まないと思っている」
「……ふん」
逆に馬鹿にされたような気がしてニッシュもこれ以上言わない。グランマが代わりに話を進める。
「皆、イヌモへのスタンスや人種の違いがあると思いますが。我々の当面の敵は人間主義のテロリストへの封じ込めです」
「ああ、その点についてなのだが」
言いにくそうに東城は質問する。
「人間主義者とはそもそも何者なんだ? 組織なのか? 思想か宗教なのか。正確な正体は掴んでいるのか? 情報を共有して頂きたい」
頭を下げた雅言にグランマは衛利の方を見やった。
「利府里さん。今のテロリストに対する経緯と情報を教えていただけませんか?」
「はい」
立ち上がった衛利はファイバーアーマーではなくスーツ姿だが、手持ちのホログラム発生器を円卓の真ん中へと光を照射すると映像へと変わる。
ドローンの撮影した郊外の建物や、別の小型船へとカメラを持って乗り込んでいる映像が再生されていく。
「イヌモは数年前からドローンの巡回や臨検の積み重ねで、本来外国に輸出されていたはずの武器や装備が郊外に集積されていると疑いがありましたが、どんな組織かは全く分かりませんでした」
会議室の映像に変わるとイヌモの議会の映像へと切り替わる。
「しかし、最近となって彼らはイヌモの商品を用いて反企業、反機械の人間主義を主張するテログループの関与があることが分かり始めてきました」
「ほう。それで、規模は?」
「残念ですが。そこまでは」
「なるほど。結局規模も主要人物も不明と言うのか」
「敵の規模は不明ですが、少なくとも10体以上のソルジャータイプを保有していると思われます」
雅言の眉がピクリと動いて考え込むように下を向く。
「……それは一大事だな」
グランマが畳みかける。
「なので。利権云々での現地勢力の対立は今の議題に合わないと申し上げておきます」
グランマはニッシュへとアイコンタクトを送る。これ以上の利権話は不要であるとのサインだ。
「教会がそこまで言うなら。我々も無暗な対立は控えた方がいいと思うが」
「……まぁいいわ。ボーダレス商会も港湾については現状、教会とイヌモが管理し、中立に立っていただく。しばらくはそれで」
諦めたニッシュも少し気を抜いたのか肩を揺らして体を動かす。
「ところでお腹すいたわ。朝食も食べてないの」
グランマが時計を見れば昼前には少し早いが、この雰囲気が切り替わっていく。流れを操るニッシュの強引さも先日の衝突を回避したのがその証左だ。
グランマと面していた時は強気な彼女も、不利なことは徹底的に避けていく。
(強硬に利権を主張しても対立を深めたところで、教会と剣の会が手を結ばれるオチになれば商会も危うい)
元より商会より大きな力を持つ剣の会が、万が一教会を通じてイヌモからの支援を受ければ地域を制圧することは容易だろう。そこに商会の居場所はないのは明白だ。
孤立はなんとしても避けねばならない。それは、教会も剣の会も同様だった。
「まぁなんだ。良かったじゃないか。お互い腹に過激な分子を抱えてはいるが、少なくともトップ同士は話し合いが通じるようで」
東城は穏やかなトーンで話しに加わる。グランマは扉へと向かいユリアに囁いた。
「ユリア。何か軽食でも」
―――
ボロいベッドでケドウは目を覚ました。地下街の暗く広々した通りに彼は寝ていたのだ。
「おはようございますケドウ」
メビウスがベッド横から覗き込む。上体を起こしたケドウはあくびをしながら尋ねた。
「動きはあったかな?」
「ええ。剣の会の老人が教会に向かったと」
「まぁそうだよなぁ。剣の会の青年部が交渉に襲撃をかけたら話は単純で済んだんだが。恐らく衝突は回避されるだろう」
「争い合わせたい相手同士が戦いに消極的では計画は破綻しますね」
「それを呉越同舟と人は言う」
ケドウは通路を見渡して先ほどの自分と同じように寝ている人と通路の隅に並べられたベッドを眺める。
「だが、本当にそうだろうか?」
空いたベッドの上で経路の違う3匹のネコがたむろしていた。
「団体のトップが利害で感情を封じ込めれたところで、その構成員にはお互いに対する不信感が存在する。これまでの出来事で当然だろうがね。狙うのはそこだ」
女児が無邪気にネコたちに缶を差し入れる。すると一斉に缶に向かって我先にと突撃する。
「憎悪を生みやすい現象は公平の欠如だ。団体の利益とはすなわちトップの利益でもある。しかし、その恩恵に預かれない人間は必ず存在する。彼らは憎い相手と我慢と言う不利益を被り手を結んだ利益を感じないなら。自然と憎悪を溜め込むことになる」
3匹のネコはお互いネコパンチしながら缶に近い猫を牽制し始める。熱い攻防である。
「いざと言うとき。ここぞと言う時に崩壊する。我々が狙うのはそこだ」
ネコの攻防を眺めていたら数人の集団達がやってくる。メビウスが遮ろうとするがケドウは前に出て出迎える。青年が両肩を周りの人間にがっちりと掴まれて、おびえた表情でケドウの前に引き出される。
「やぁ。しばらく顔を見ないと思ったら」
「ケドウさん……俺は」
「武器庫から武器を持ち出した脱走者ですか」
メビウスが杖を腰に構えて今すぐにでも男を切り裂こうとするが。気配を感じてケドウは手で遮った。
「君の告白を聞こう」
「ケドウ?」
メビウスと周りの人達も困惑したかのようにするが。誰一人彼の言うことに反対はしなかった。
「わ、私は、武器庫からライフルを盗んで郊外を彷徨いました。し、しかし。ここ以上に安全で食事があることを知らなかったんです」
メビウスが杖を首元に置いた。
「脱走した訳は?」
「……ご、ごはんが単調だったからです」
「そうか。飯がまずかったか」
「で、ですがもうそんなことしません。一旦脱走はしましたけど、もうここしか行くところがないんです」
ケドウはジェスチャーで人々に肩を離すように指示する。拘束から抜け出した青年は、両ひざをついてケドウに縋り付いた。
「お許しください。私はあなたを裏切りました」
立つように青年の腕を引き上げる。既に周りには多くの野次馬達が集まっていた。皆の視線は冷たく青年に注がれている。
「ここに居る者は、行く当てがない者達だ。今のあなたも例外ではない」
肯定するようにうなづく青年。
「あなたの罪を許そう。彼は自身の罪の告白によって贖われたのだ。皆もそれで良いな?」
沈黙。そこには諦観も含まれているが、許容と言う言葉がふさわしいかもしれない。
「君は倉庫番の運びの仕事をしていたね。まだ空いているならそこに行きなさい」
ケドウが言うと青年は緊張が解けて地面に突っ伏した。
「さぁいつもの通りに働こうじゃないか」
集まった人々に言うと何事もなかったかのように人々はそれぞれの役割に戻っていく。
メビウスが囁いた。
「反乱分子は粛清をしないと規律が乱れますよ」
そう忠告するメビウスにケドウは不敵に笑った。
「他人の弱さを受け入れられなくなったなら。私が成そうとしている事の意味がなくなってしまうよ」




