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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
港湾編
2/91

夕暮れの巣立ち

 ―5年後


 夕焼けの空は高度50km付近を滞空する通信ドローン群に備えられたソーラーパネルの反射によって明るく輝いている。

「夕星」といつしか呼ばれ始めた光景は、企業の社会影響の拡大を世界中の人々に見せつけていた。


 その空の下。イオンスラスターと呼ばれる電磁推進装置が積まれた宅配ドローン群が人々の生活する空を行き交う。各家庭の配給品や注文品が梱包された専用規格の箱を保持して直接その家庭に送り届ける。


 代わりに道路はその役目を終えたが如く荒れ放題だった。建物の割れたガラスは散乱し、ボディの錆びた車が眠るように放置されている。


 家庭1日分の物資ならドローン輸送で事足りるが、この時代でもトレーラーによる大規模な輸送は必要とされていた。三台のトレーラーとその周囲を囲むようにスーツに身を包んだ集団が護衛している。


 老若男女。屈強だったりしなやかな体躯を持つ彼らはバイクにまたがり、見せつけるように雑多な火器を体から下げていた。


 その先頭を走るバイクに乗る若い女が、目印であるボロボロの建物を抜けたのを見ると、女の脳波に反応して起動したインカムに声をかけた。


「定点報告。こちらユリア。旧図書館を通過した。以上」


 オペレーターの女性が答える。


『こちらネスト教会。了解。……待って。監視ドローンに』


 オペレーターの言葉に異常を感じ取ったユリアは耳を澄ませて聞き直した。


「どうした?」


『全護衛員に通達。こちらネスト……』


 オペレーターの通信は教会の言葉が消えた。これは護衛員達への敵襲を意味する合図だった。ユリアは肩から下げている突撃銃に手をやる。


『3時方向。不明大型車両が2台。2つ先の通りで接触範囲に入ります』


 端的な情報だけが流れる。ユリアはすぐさま決断した。


「こちらリーダー。全員通信環境確認しろ」


『クリア』


 部隊員全員のクリア報告を聞き届けると突撃銃の安全装置を解除した。


「前方隊は私と一緒に2ブロック先の建物で敵の車両を食い止める。残りの後方隊はトレーラーを護衛。足を止めるな!」


 トレーラー前方半分の護衛員のバイクが先行し、前方に何もいなくなったトレーラーも加速する。接近する相手に横腹を晒すことになるが、トレーラーが「安全に」通れる整備された道はここしかない。


「銃が見えたらすぐに撃てよ」


 ユリア達が不明車両が走ってくるであろう十字の通りに差し掛かり、建物の傍にバイクを止めて方向を見定める。遠くからバンタイプの大型車両が走ってくるのを確かめると部下たちにハンドサインで突入を指示する。


 バンの行く手を遮るように数台の護衛員がバイクで接近する。たまらずバンはブレーキを踏んでその場で停車した。案外あっさり停止したのに不審に思いながら部下の一人が運転席を開けて運転手を引きずり下ろした。


 輸送トレーラーはその間にもユリア達の十字路を通り抜けていく。


 運転手は弱弱しく両手を上げて投降の意思を見せた。もう一方の運転手も同様だった。ユリアが近づくと銃を突きつけながら尋問する。


「何が目的でこの通りに近づいた? これより先はネスト教会の輸送トレーラーが走っていることは知っているはずだが?」


 誰が決めたわけでもないことを皆が知っている。なぜなら明確な法はないからだ。教会が道路を封鎖していい法律もなければ、ただ走っているだけの車から運転手を引きずり落して尋問していい権限もない。


 あるのはただ相手を屈服させる鉄の機械だけなのだ。


「お、おれはただ。このバンを合図と一緒に走らせろって言われただけで……」


 みずぼらしい男は冷や汗を垂らしながら必死になって口を割る。


「通りを突っ切って。あとはバンは放置して帰るだけで食糧をもらえるんだよ。決してあんたたちを襲おうって話じゃないんだよ」


 ユリアがすぐさまバンを調べるよう部下に目を見やると、運転手にドアを開けさせてから、しばらくして部下がユリアに向けて首を横に振る。


(バンの中身は空っぽである)


 その意図に気が付きすぐインカムを起動する。


「こちらリーダー!トレーラー護衛隊は……」


 思わずインカムに手をやったユリアの耳に爆発音が届く。部下に運転手の拘束を命じてすぐさまバイクに戻ると、トレーラーが立ち往生しているのと巨大な火柱がトレーラーの前に立ち上っていた。


 ユリアは混乱することなく冷静に状況把握に取り掛かる。


「後方隊!無事か?」


『こちら後方隊。負傷者が4名出ています』


「トレーラーは動けるか?」


『ダメです。前方の火柱で……ゴホゴホ』


「分かった。引き続き……」


『こ、こちら後方隊!待ち伏せが』


 ユリアはすぐバイクに乗り込むと熱さも気にせず火柱に接近すると、火の隙間から中の様子を覗けば、複数の人影が争い合ってる様子が見え銃声も鳴り響いている。


「ついて来い。建物から援護に入るぞ!」


 後ろにいる部下達を見やった時、ユリアの目に大通りの遠くから「白い光」が見えた。


「なんだあれ?」


 ユリアは突撃銃を構える。部下たちも倣うが全員すぐさま下ろした。


 光の周りに点在するドローン群。証明されるのは一つ。ユリアは光の奥に佇む巨塔を見やり、そして苦々しくつぶやく。


「イヌモか……」


 光からまた青い光が跳躍する。青い光は徐々に炎の明かりに照らされ、詳細な姿を現した。


 真っ黒い長髪と同じような漆黒の繊維に全身を覆われた、ファイバーアーマーを身にまとう少女。青い光は体の節々に設置されたイオンスラスターの電磁推進に由来するものだった。


 軽々しく炎の柱を飛び越えた少女が両手に握った大型の特殊拳銃を地上を見据える。


 見やる先にはスーツの集団とボロをまとった集団が入り乱れていた。


 少女の視神経に介入した電子情報が「敵」と判別した対象をマーキングし、構えた腕は本人の意思なしに運動神経を操作し、体にまとうファイバーアーマーによって補助された動作で精密に銃口を「敵」に向けることが出来た。


【コイルガン低出力モード。照準非殺傷設定】


 …


 銃声は少女が地に足を付けるまでには戦いの音は鳴りやんでいた。生身の人間では足が折れてしまう程の高さからでも、ファイバーアーマーが衝撃を全てを吸収してしまい。何事もなかったように少女は辺りを見渡す。


 ボロをまとった賊達は全員が四肢のどこかから血を流して地面に倒れ伏している。


「ラングレー」


 先ほど置いてきた愛車に呼びかけると重装甲を施されたバイク、と言うより戦闘車両のような二輪車が現れる。それからラングレーは突然二輪車モードから、ランディング用の4足の足を出して獣のように闊歩する。


 それから装甲の隙間が展開しポンっと間抜けな音を出して100mlサイズの缶状の物を前方に撃ちだすと、内包された消火剤と反応し、酸素と油が分解され火が急激に消化されていく。


 火災が消えると少女は周囲のドローン群に指示を出した。


「周囲の警戒を。それから襲撃者の照合と関係者の逮捕を」


 そうしている間に少女の周りにユリア達護衛員がぞろぞろ結集する。代表してユリアが声をかけた。


「助けてくれてありがとう。あなたは?」


 少女が手首の装置からホログラムで板状の光を発生させた。


「イヌモコーポレーションのプライベートフォースです」


 顔写真と所属が表示されはっきりとイヌモコーポレーションのロゴマークが記載されている。


 少女は名乗った。


「利府里衛利。イヌモ九州議会のテロカウンター作戦に任じられています」


 ユリアは初耳であったとしても、教会へのスポンサーを無下にするわけにもいかなかった。偽物でないことは彼女の装備が何よりの証拠だからだ。


「……ネスト教会の護衛隊員のユリアだ」

「苗字は?」

「ネストさ。全員な」

「分かりました」


 握手して礼を済ませるとユリアはすぐさま全員に呼びかけた。


「すぐ出発するぞ!バンで賊を収容するんだ」


 周りがあわただしそうに動く中、衛利はただドローンから送られてくるカメラの映像に集中していた。


 夕星が消えかかり本物の星が輝きを増し始めていた。

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