戦闘回避
ロケット攻撃を感知していたレーザー自走砲の発砲で、倉庫の商会の構成員は手慣れたように各々の銃器を取り出した。
それから光線が照射された方向へと一斉に目を向ける。煙幕で自走砲の目が潰される間に、第二射ロケットが発射され同様の真っ白い煙幕がさく裂し、辺り一帯を覆いつくす。
「ニッシュ!」
ルッツがとっさに煙との間に立って拳銃を構える。そんな彼の殺気立った様子に比べると、明らかに冷静であるニッシュはケドウが居る方向に振り向いた。
「そんなことだろうと思っていたさ……ルッツ」
「なんでしょう?」
「奴は?」
ルッツがケドウへと振り向くとそこに彼の姿はなかった。周りに隠れられそうな物はなく忽然と姿を消した。ニッシュは笑った。一通り彼女は笑い。そしてつぶやいた。
「まだネストに感ずかれていたぐらいなら弁明の余地もあっただろうが……止めさせろ。全員銃を降ろせ」
ルッツは考える暇もなくニッシュの言う通りに号令をかけると、全員が冷静に銃を降ろしていく。
「全員隠れて待機しろ」
場数を踏んだ構成員はすぐさま車や倉庫の陰に隠れてる。若い構成員は周りと合わるか、引きずり込まれたりして同じようにしている。
倉庫近くの建物の陰から漆黒のファイバーアーマーに蒼い光を纏わせた少女が、4足歩行をするバッファローのような厳つい戦闘支援車両を随伴させてやってくる。
ニッシュはスタスタと軽快な足取りで歩いていく。二人は相対し、しばらくにらみ合うと。ニッシュの方から先に口を開いた。
「あなたが噂のイヌモのプライベートフォースさん?」
衛利は答えない。
「アーコロジー住まいの金持ちさんは、挨拶にロケット弾を撃ち込むと教わっているのかしら?」
すると衛利の後ろに建物の屋上から紫色のイオンスラスターを吹かせて降りてくるユリアが現れる。
「利府里。一旦待て」
ユリアは衛利の様子ですぐ気が付いた。衛利は直接こういう話し合いの場に不慣れであることを。
「現地協力員のユリア・ネストだ」
「私はプライベートフォースと話しているの、教会の売女共に用はないわ」
「現地での対処を手伝うのは教会の仕事なんだよ」
軽い挑発を受け流して淡々と衛利に割り込んだユリア。
「ところで私たちはどんな罪状が出ているの?」
「通報があったんだ。私たちの追っているオーヘルって組織とあんたらが武器取引するってな。……」
突然ユリアは横を向いて「ああ、分かった」と一人つぶやいた。ファイバーアーマーに搭載されたAIからの助言を受けたのだとニッシュは察して理解した。
「企業圏治安法:チャプター2の圏内での違法武器取引の現行犯だとさ」
「へぇ。教会はいつの間にか法の番人にもなったの。それで私を逮捕するの? そのために商会と直接戦火を交えるつもり?」
「……利府里どうする?」
流石にそこまで判断するわけにもいかず、振りむいたユリアが衛利に問いかける。衛利も少し考えてからユリアと目を合わせてから前に出る。
「事情を聞かせてもらえないでしょうか? 殲滅より聴取が適当だと戦略AIが判断しました」
「ははは。そうこなくっちゃ」
朗らかに笑うニッシュ。1分前にロケット弾を撃ち込んで来た相手とは思えない嫌悪感すら表に出さない彼女に、ユリアは更に口を一文字に結ぶ。
ニッシュのジェスチャーで商会の構成員たちも次々と物陰から現れて交戦の意思がないことを示していく。
「私たちもやり合うなんてさらさらないの。これも全て自衛のための抑止力の為なんだから」
「……分かりました。ですが、先ほど一緒に居た男を引き渡して頂きたいのですが」
「どこかに言ったわ。どこに行ったか分からない」
「逃がしたの間違いじゃないか?」
ユリアが突っかかると構成員が動揺するも、ニッシュの手を挙げてストップのジェスチャーで黙らせる。
「すぐ逃げたのは腑に落ちる。奴の予定では、この場で私たちと殺し合うのだから当然でしょう」
ユリアは苦々しくつぶやく。
「あの手紙は密告書じゃなくて招待状だったわけか」
「あなた達が現れた瞬間。奴の真意が理解出来た。もちろんその真意通りに動くつもりはサラサラない」
「おたくらに都合の良い話に聞こえるがな」
「都合の良くない話を受けるほどお人よしではないからね」
そう言い終われば赤と緑の翼端灯、偵察ドローンが空を横切る。
「いくらテロリストと取引したところで、私たちの目的は安全を得ること。イヌモに歯向かうなんて露とも考えてない」
衛利に向けたウィンクに衛利は怪訝そうな顔をした。そんな衛利が面白くてついニッシュは微笑んだ。