取引阻止
ユリアが既に倉庫近くの建物の屋上に身を隠して少ししてから状況に変化が訪れた。眼下の倉庫に向かう車列がやってくると目当ての倉庫の付近で止まる。
武器取引が行われることまでは本当のようだと、ある種の安心感が芽生えると、それも一瞬で拭いされられる。
「車が多いな」
5人乗りの車が何台もとなれば、たとえ最新鋭装備に身を包んでも一人で突っ込むのは気が引けた。一旦壁の死角に戻ると衛利の到着を待つことにした。
「それにしても……」
港湾での事件が終ってから一旦衛利と別れるまで余り言葉を交わさなかったが、どうして衛利がこの仕事に従事しているのを後日、事件の介入を称えるメディアが教えてくれた。
『殺された兄の復讐』
その殺人者が人間主義者を標榜した組織に与して、イヌモが建設するアーコロジーへの攻撃を企図している。復讐者と守護者を持ち合わせた彼女の『正当性』を疑う者はまずいない。
それでもユリアは未だにあの時に抱えた胸のつっかえと疑問を拭うことは出来なかった。
港湾では取り調べと称して先制攻撃を仕掛け、見るからに抗戦の意思が挫かれたサイナギの部下たちを射殺した。周りにもっと人手があれば拘束弾で済んだのだろうが。
思想にふけっていると突然パラディウムが警告を発する。
【ユリア】
「どうした?」
【スキャンした生体情報がデータベース内にあるボーダレス商会の主要構成員と一致】
「手紙の内容がもう一つ正確になったな」
少し顔を覗かせる。パラディウムに搭載されているセンサーがユリア視神経を介して各々を表示するが、他の者達が作業中にも関わらず立ち尽くしている数人へズームしていく。
女へと視点が行くと視界端に青い枠が飛び出して顔写真が名前が併記される。
「ニッシュ・エンディ……あの女がか」
ユリアも名前は知っているが顔を見たのは初めてだ。
【彼女の確認されている経歴を参照しますか?】
「いや。今は必要ない」
その隣にいる男にも目を移す。
「ルッツ。苗字はないんだな」
【データベースにないものは参照出来ません】
更にその隣にいる日系の男に目を移す。しかし、反応はない。
「何者なんだ?」
【……アクセスが拒否されました。現在の権限では閲覧出来ません】
「なぜ? 奴はいったい何者なんだ」
【最高権限でロックされています】
「あいつは敵なのか? 味方なのか? まさかイヌモの工作員だからじゃないよな?」
【33(ダブリュースリー)中枢からの回答】
「33? おい……」
物々しい単語への疑問への不安は、パラディウムから人間味のある話し方が消えたことで更に深まる。考えているとユリアの視覚情報のチャットにイメージなしのワイプが現れる。
名前欄には【33】と表示されている。無機質めいた男の声が聞こえた。
【心配するな。彼は気にしなくてもいい】
女の声だが人間よりは硬いが機械よりは流暢だ。
「何も知らせる気はないんだな?」
【いずれ分かること。いまではない】
「いずれ?」
【それまで、よくよくすべきことを果たすのを期待している】
ワイプが消える。
「クソッタレ……」
つい毒づくユリアだが、その一瞬気づくのが遅れた。
小型ロケット。それが倉庫まで一直線に飛んでいくのが見えた。あんなロケットが撃てるキャリアーをユリアは知っている。
「ラングレーか」
『ユリアさん。通信が途絶していたようですが』
飛んできた衛利の通信と共に更に複数のミサイルが倉庫に飛来する。それらは突如倉庫から伸びた光線によって破壊された。炸裂と同時に煙幕が展開して倉庫周辺を覆う。
【レーザー自走砲が起動しています】
ユリアが倉庫を見れば、左右3つずつの6輪。車体中央の窪みに球体の砲台を載せた小型の戦闘車両が、窪みをミサイルの来た方向に向けている。
「あんな先進兵器まで……」
『ラングレー。遮光弾装備。ユリアさん私が乗り込んで武器の取得を阻止します』
「いつも突然だな。サイナギ達をやった時みたいに」
データリンクによって衛利がユリアのいる建物の近辺でラングレーに跨っているのが見えた。ユリアが愛銃を引き抜き顔をこっそり出して腕を倉庫へと伸ばす。
「この距離なら通常形態で十分だろう。パラディウム、衛利に狙うやつをピックアップしてくれ」
【了解。利府里衛利が照準した敵の表示を強調】
「……」
少しだけ先ほどの事を思い出す。
(33……恐らくAIの類なんだろうが)
この会話は衛利に相談してもいいことなのだろうか。そんな疑問もラングレーの放った煙幕入りのロケットが弾けるとすぐ打ち消されて頭の片隅へと消え去った。




