上からの眼差し
しばらくしてゲストルームで過ごしていたケドウは、車の後部座席の中で揺られていた。隣にはニッシュ、運転席にはルッツがハンドルを回している。外は暗闇に包まれるが商館周辺は街灯が照らしており、周囲の建物に比べて一層輝いて見えた。
ニッシュは単刀直入にケドウに尋ねた。
「イヌモとは何年前から付き合いが?」
「もう5年ぐらいになりますね」
隠したりしらばっくれるかと思いきやすんなりと答えた事に内心驚くニッシュにケドウは目線を合わせる。
「聞きたいことがあれば何でもお答えしますよ」
「接触はどうしたの?」
「暗殺の求人があったんです。ある反権力的な科学者を粛清してほしいというものでした」
「依頼主は?」
ケドウは肩をすくめる。
「ただ依頼人直下のエージェントと、他の仲間と一緒に中央区で騒ぎを起こしましてね。最後はみんなと合流する予定だったんですが、私だけはぐれてしまいまして。一人郊外に戻るともらっていた端末から色々な事を指示されましてね」
「私もその依頼主とお友達になれないかしら?」
「それは依頼主が決める事です」
ケドウが後ろを振り向くと数台の車列が見えた。
「大所帯ですね」
「不安かしら?」
「いいえ。逆にみんな屈強そうな男たちで頼もしい限りですよ」
そんな笑顔のケドウとは逆にニッシュは不満そうだ。
「だけどあなたのように大量の武器を抱え込んでいる方がよっぽど頼もしいわ。うちが持っている武器は他の商会支部に比べたらかわいいものだから」
上着を誘惑するかのようにあげると、ケドウに腰に下げた拳銃を見せつける。
「ボーダレス商会は世界中にありますが、最優先は紛争地の東南アジアや金回りが良い中国に回される。だから私の提供する物には地元での抗争以上の価値がある」
「嫌いね。そういう見透かしたような口は」
「失礼」
一区切りしたケドウが視線を外してルームミラーをチラ見すると、ルッツの鋭いまなざしがミラーを通してケドウを睨んでいた。
「……」
敵対的な意図は十分に伝わる。
「今回の取引から関係を始めましょう。そのうち依頼主も皆さんと直接取引する方が便利に思うかもしれませんから」
そう言ったケドウが窓を覗くと、フードを被った人影が長物を持って佇んでいるのが見えた。
―――
車列を見下ろしているメビウスに後ろで控えている長いコートのバンシーが声をかける。その声は普通に周りへと共鳴する音ではなくメビウスの聴覚センサーだけに向けられたかのように不気味なほど明瞭に聞こえた。
「大丈夫? 彼は」
「ええ。VIPの取引相手として扱われているようで。今のところは……」
「そう」
コートから覗かせるバンシーは腕を組んで目をつむる。明らかに落ち着きのない様子にメビウスがフォローする。
「心配いりませんよ。手筈は整えていますから。それより、あなたの前線に出ることがケドウにとっては好ましくないと、思っているはずですが」
「プライベートフォースとの交戦が控えているのでしょう? 彼の安全を何よりにしないと」
月のない暗黒の空が、星の凍てつくような光で彩られる。その遠くで中央区のアーコロジーはそんな星々の輝きなど意にも名介さず、人工的な光で自らの領域だけを照らしていた。




