白紙の手紙
ネスト教会の食堂で、清潔な修道服に着替えたユリアは、A4サイズの一枚の白紙を持っていた。グランマに手渡された差出人不明の手紙の封筒にはボールペンで「ユリア・ネストへ」と名指しで指名されていた。
「パラディウム。何か読み取れるか?」
【了解】
パラディウムをいつも着るわけにもいかないので、首を覆うパーツだけを取り外して装着し、うなじ部分に搭載されているCPU本体にあるセンサー紫に発光する。
【スキャン開始。冷却レーザー稼働……】
「何が書かれてある?」
【化学薬品由来の不可視インクで文章が書かれてあるようです】
「解読出来るか? 私以外に読ませたくないらしい」
すぐにユリアの視神経にパラディウムは白紙の上に描かれた特殊インクで書かれた文章を投影する。
―――
拝啓、ユリア・ネスト殿。
この手紙が無事に届いているのなら、今夜20時半あたりに14番廃棄所のコンテナ倉庫で「ボーダレス商会」がある人物と取引をします。
その人物は人間主義者を標榜するテロリスト「オーヘル」の代表で、利府里司徒を殺害した人物なのです。
取引内容もただの武器弾薬ではありません。理由は分かりませんがイヌモが輸出していたはずの先端兵器群です。これでは剣の会との戦力均衡を崩しかねません。
もし間に合うならばこの取引を妨害し、郊外の平和を守っていただけないでしょうか?
何卒よろしくお願い申し上げます。
―――
「……」
【どうしますか?】
「転写して利府里に送ってくれ。それと今何時だ?」
ユリアは窓を見ると夕星の輝きは失われ、本来の星たちの輝きが満ちようとしていた。
【ちょうど20時になりそうですね】
ユリアは首を垂れてため息をついた。
「あー……くそ。休む暇もないか」
速足で自室へと直行すると、すぐさま修道服をベッドに脱ぎ捨てる。丸い状態でまとまっているパラディウムの本体がユリアの意思に反応して疑似筋力繊維を硬化させて立ち上がった。
下着姿のまま手を広げればファイバーアーマーの繊維が裂けてユリアの体に絡みつき、精密なアルゴリズムに従い30秒も掛からずに体にフィットしてしまう。
そこでちょうど衛利からの着信が入る。
『転写を見ました』
まるでその場で会話しているかのようにユリアは口だけを動かした。
「差出人も分からないし突っ込みどころはたくさんある。罠の可能性だって十分考えられる。だから先行して様子を見てくる。そっちはいつごろまでかかりそうだ?」
『約30分です』
「分かった」
通信が切れてユリアは愛用のバイクが置いてある駐車場へと着くと20時の鐘が鳴り始める。
「オーヘル(天幕)か……」
聖書に記されたエジプトから逃れたユダヤ人が、バビロンの神殿が出来るまで天幕を張って神に祈りをささげた簡素な神殿。
間違ってもネスト教会のようなシェルターや要塞染みた堅牢な建物を持つ者ではない。
「……」
敵の正体はそういう者達なのだ。