駆け引き
タバコの紫煙が上へと一本の線となって昇り、シャンデリアの灯を通り抜け、龍が描かれた中華風の装飾が施された天井へと広がっていく。
木製のテーブルを挟んで上質なソファに座っているのはスーツ姿のケドウ。相対するデスクに座る妙齢の女性は、紫のドレスを身に纏い褐色の肌が隙間から見られる。
ケドウからまずは口を開く。
「お会いできて光栄です。ミス・ニッシュ」
ニッシュはタバコを吸うと煙を吐き出した。目はゆっくりとケドウの人物の本性を見透かすようだった。
「用件は?」
短い言葉で意思を伝える。
「我が団体の所有する倉庫と中身を譲渡したいのです」
「何故?」
「プライベートフォースに目を付けられてしまいまして」
「それとこれと何の関係が?」
ニッシュの切り返しは隙間なく、ケドウも少しだけやりづらそうに腕を組んだ。
「彼女は私を探している。イヌモに雇われた私ですが、イヌモも一枚岩でないのです」
ニッシュは鼻で笑った。
「私たちを脅かしている工作員が、わざわざ私たちに助けを求めるなんてね。おかしいと思わない?」
「取引せざるおえない。それはボーダレス商会も同じように思っただけです」
「……」
ケドウは護衛に居る金髪の男に振り向き。「中身を取っていいか」と許可を取る。ゆっくりとした動作で手持ちのバックからファイルとまとめられた紙を取り出すと、護衛に手渡し護衛はニッシュに手渡した。
「私の工作は、曖昧な言い方をすると反乱の早期鎮圧のための武器の貯蔵です」
「これは? 随分とため込んでいるわね」
紙に印刷されたリストを見ながら少し呆気にとられるニッシュ。
「小銃から迫撃砲まで。一切合切」
「良いでしょう」
護衛の男は少し不服そうに机に歩み寄った。
「ボス……」
ニッシュは手でそれを制するとケドウに視線を寄こした。
「これほど魅力的なプレゼントはないものね。しかし、あるのはリストだけで実物がないのよ」
ニッシュが指を鳴らすと屈強な男達が入ってくる。
「確認が取れるまでお客さんとして扱うけど、これが嘘だったらあなたは罪人よ」
「当然。ここではあなたが法律だ」
ケドウが慌てたり気弱になったりするような気配は全くない。
「イヌモの内情に巻き込む形となって申し訳ありませんが」
「報酬としては十分。剣の会の邦人共に怯えなくても良いのだから。ルッツ、早速行くわよ。ゲストをルームに」
呼ばれた金髪の護衛は部下にケドウを案内をさせるように言うと部下とケドウは一緒に部屋から退出する。
「威嚇しすぎよ。ルッツ」
ケドウは言わなかったが、ルッツはずっとしかめ面でケドウをずっと睨みつけていた。それをニッシュは解っていた。
「ニッシュ。あの男は……」
「信用できないって言うのでしょ」
「わざわざ面倒ごとに巻き込まれに行くのは危険です」
「それがいいのよ。私はイヌモと関係を築く」
「下の者達には……!」
「ルッツ!」
ルッツは押し黙った。
「ボスは私よ。私の方針を誰に口出しする権利があるの?」
「はい。ボス」
「一枚岩ではない組織の対立している者達にとってのキーと成れるなら、これほど受益者となれる可能性がある話はないでしょう。それとも、これまで通り排外主義の邦人共の、いつまで続くか分からない慈悲によって生かさよとでも?」
ニッシュは窓から夜空を眺めた。ルッツからはその表情は見えない。
「私は決めていたわ。自分達の力に依って立つ。誰かの慈悲ではなくね」




