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ブラックスワン  作者: 鴨ノ橋湖濁
港湾編
14/91

英雄

 港湾組合が壊滅した情報はたちまち郊外へと伝播した。事務所は壊滅して管理者不在から物流の流れを止まることが心配されたが、組合や管理者は名ばかりであり管理者の不正な荷物以外は、幸い港自体は労働者と共に無事であったのですぐさま再開出来た。

 ピンハネや横領がなくなり。近隣住民を脅かしていた組合員達も騒動で死亡又は逮捕されていなくなった。当然イヌモから派遣された少女の名前は好意的な物として受け取られる。もちろん。郊外だけでなくセントラルタワー周辺の新中央区においても同様であった。


 ―――


 セントラルタワーから見下ろす世界はまさに別格と言えた。地上のほとんどの建物は二次元の表示に過ぎず、すべてが取るに足らない。同格のものが存在しない神からの視点と思うかもしれない。そんなほぼ最上階で1階層丸々個人オフィスとなっている権力者が執務室で利府里衛利と対面していた。シルバーのスーツに身を包む若そうな男が衛利に微笑みかけた。


「不服そうに見えるな」

「いいえ」


 淡々と答えを返す衛利の表情はいつもの無表情だが、彼女の纏うイヌモの軍属制服には質素ながらも少々の装飾が誂えられている。


「そう怒らないでくれ。用事が済んだらすぐにでも郊外に飛んでもらう。記者会見や支援パーティもそんなに長くはかからない。それに……」


 男は胸元のバッジを取り出すとバッジからホログラムが浮かび上がると円グラフとなる。データにはイヌモ議会を示すパーセンテージが表示される。議会は3分の1が緑、残りは赤。


「法案は可決したが。理解はまだまだ足りない。後は君の頑張り次第だよ」

「承知しています」


 男は目線を衛利から外して酔ったように上を向く。


「昔は力を誇示するのに非効率な大規模部隊が必要だったが、今の時代そんなものは時代遅れだ。これからはイヌモモデルの小隊が編成されるようになるし運用され続ける」


 力説する男を衛利は少し冷ややかな目で見るが男は気づかない。


「イヌモ九州議長である私、近衛松郎が居る限りだ」


 言い切った近衛はしたり顔で衛利に向き直る。


「近衛議長。それでは私は次回のパーティの支度を」

「そうだな。行ってくれ」

「失礼します」


 衛利が退室していくのを見届けてから、近衛はすぐ後ろで控えていたメイド服を着た白い銀髪の女性に声をかけた。その目は閉じられている。


「パーティの時間は?」

【本日の支援者パーティは18時からの予定です】

「ルートは?」

【中央エレベーターから68階まで降りて頂き……】


 既に故人であるが、かつての時代を馳せた声優の声で発せられる答えに満足した近衛は周りを見渡してから質問をする。


「そういえばエージェントはどうだ? うまくいっているか?」

【彼からの作戦立案が届いています】

「概要だけを教えてくれ細かいのは面倒だからな」

【承知しました】


 ―――


 ユリアはがっつり腰を落としてため息をついた。


「これで何件目だよ……」


 パラディウムの試験モニターとして貸し与えられて、彼女の行動範囲と戦闘力は飛躍的に向上した。


「昨日から24時間で5件目だぞ」


 向上したのだが、対処能力を上回る勢いでネスト教会管轄への襲撃が増えている。ただでさえ現状維持に精一杯であった教会に、更に港湾の統治権を巡り地元の勢力があわただしく動き始めている。


 元からこの地に住んでいた人々が中心となり、多くの土地と地元の人々が自警団「剣の会」

 イヌモの中心特区から受け入れ、郊外に放出されている避難民や流入外国人等が中心となった「ボーダレス商会」

 互いの成立経緯が組織的な対立への備えである以上。この二勢力の衝突は必然とであった。

 港湾組合が誰にでも値段が高くても特定の勢力に取引の独占はしない点と、取引への情報さえも商品として扱っていた点。良くも悪くも中立的で道徳的にマズいものでさえ扱っている。

 その均衡が昨日突然崩れ去り。港湾自体のもたらす莫大な利権に加え、港湾取引を独占出来れば。双方の勢力がどちらかを消し去ることが可能だと考えているのは至極真っ当なことであった。

 ネスト教会はその点では中立的と言える立場だが、港湾から少し遠い上に戦力規模が余りに小さすぎる点にある。双方から見れば少し小突けばあっさり手放すと思われているような攻撃だ。



「なめやがって……」


 いずれか状況が安定するまでネスト教会の暫定的な管理運営権を手放すようなことがあれば、二大勢力の直接対決を招きかねないのはもちろん。彼女のプライドと信条が欲深い侵略者に対する反感を生んだからこそ、ユリアはこんな小さな襲撃にも闘志をみなぎらせて対応していた。


「昔から神なんて信じちゃいないがよ」


 この世に神は居ない。多くの信仰者達を横で見ながら、この世界に救いや必罰に対して疑念を抱えたままだった。


「だからって悪い奴を見逃していい理由にもならんよな」


 自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと、自分のバイクに跨りスロットルを回して教会へとヘッドライトを回す。すると通知音が聴覚神経に直接刺激を送る。ファイバーアーマーによる神経経路の拡張機能にも慣れてきたユリアは虚空に向かって話す。


「もしもし?」


 教会からの通話からゆっくりとした優しそうなグランマの声が聞こえた。


『もしもしユリア?』

「グランマ?」

『あなたか利府里さん宛にお手紙が来ているの。差出人は不明だけど。ただの封筒みたいね』

「利府里に? 分かりましたそちらに向かいます」

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