断たれた手掛かり
「く~ん」
情けない鳴き声と共に鈍い音をたててラングレーは事務所から転がっていく。サイナギから視点を移した衛利とユリアは銃を事務所入り口に向けた。パラディウムはユリアの神経内で敵の存在を示していた。
【アイギスとの情報共有。敵対的な汎用フレーム、ソルジャータイプです】
「なんでこんなところに?」
「イヌモは誰にだって売るから」
衛利のアイギスが間髪入れずにパラディウムを通してユリアの脳内へと戦術を指示する。立体化されたホログラムがユリアの姿を模して、入り口の真横に付くと、これもまたホログラムで模した汎用フレームが入口から出てきたところに、手持ちのブレードでの不意打ちを提案する。
「え? ブレードって初めてなんだが?」
「拳銃サイズの武装では敵に有効ではありません。動作は補助します」
それを理解する間に衛利は事務所周辺に展開している監視カメラを全て破壊した。ソルジャータイプがジャックしてこちらの計画が漏洩する可能性を潰す。
「待ち伏せねぇ……」
ユリアが悪くない戦法だと思ったが、懸念はある。仮にも軍用の武装型なら、普通に壁越しの敵の存在なんて認知出来るはずだし。そもそも普通にのこのこと飛び出して来るのだろうか?
【回答します】
それにパラディウムが回答する。
【アイギスが解析したものによれば非量子センサー。単独での壁越しの探索は不可。施設データリンクによる監視は既に不可能。戦術はアイギス本体が囮になることで突進を誘発する】
「アイギス本体って……」
ユリアが横目で見た瞬間に衛利は動き出していた。
「了解」
衛利のファイバーアーマー各所に設けられたイオンスラスターが青い光を放ち、走り始めたのか飛び始めたのか分からない速度で入口から少し離れた場所へと滑り込んだ。
「同意もなしか」
愚痴るユリアもすぐさまホログラムのガイドに従うと、一瞬だけ思考を放棄してしまうことを自覚する。
「っ……!」
なるべく壁際に張り付くように待ち構える。例え単体での壁越しに探知出来ないセンサーだろうと、窓から見られていれば流石に予想されてしまうだろう。そう考えている間に衛利はコイルガンを入り口に向けると、数発の軌跡が入り口の暗闇に消えていく。
【ブレード装備】
自分の意思だがまるで使い慣れたような感覚で、パラディウムの大腿部横に装備された片手剣を両手に一本ずつ持つ。
入り口から鋭く金属が弾ける音がして、駆動音と地面を蹴る衝撃が段々と大きくなっていく。アイギスが観測情報がユリアの視覚に反映されたソルジャーを映す。
衛利へと駆け込む姿から計算された斬撃のタイミングすら秒数に変換されて視覚の隅に映り込む。
(こんなものまで自動かよ)
それでも自分がそれに委ねている感覚に呆れながらも、すっと息を吸ってタイミング図ると、紫電を放った二振りのブレードがソルジャーが顔を出した瞬間襲い掛かり。ソルジャーの頭部と脊髄ユニットを同時に一刀両断する。
「やったか?」
【警告。緊急回避を】
吹き飛ばされた頭部と支えを失った胴体が辛うじて空中でバランスをとりながらユリアに向き直ると、片腕部をモーターをうならせながらユリアの首へ掴みかかろうとしてくる。
「しま……」
身の毛がよだった。ソルジャーは人間では持ちきれない機関砲、ロケット砲を運用する。人間を殴り殺したり絞め殺したりするのは容易いパワーを持っている。
……凶器の手がユリアに届くことはなかった。ソルジャーの消し飛んだ頭の断面には、深々と突き刺さった真っ黒いブレードがバチバチと青い電撃を帯びて内部からショートさせていた。
「……助かった」
ユリアは歩いてくる衛利に礼を言うと、衛利は軽々とブレードを引き抜いた。
「ごめんなさい。私もソルジャータイプの耐久性を侮っていました」
「そうか」
ふともしかしたら自分の方が誘導だったかもしれないと考えが過るも、油断によって傷ついたり死んでしまったりするが、あの世では誰のせいにも出来ない。ユリアは少し頭を振って気持ちを落ち着ける。初めての相手な上に、これまで戦って来た相手の中で最も強い存在だろう。
「……そういえばサイナギは?」
ユリアが振り向くと倒れていたはずのサイナギはピクリとも動かなくなっていた。
「死んでる?」
珍しく衛利が取り乱してサイナギに駆け寄る。散々殺戮をしておいて今更だとも思うが、サイナギの顔から既に血の気が引いて唇も青くなっていた。
「口封じか?」
二人が周囲を見渡してもファイバーアーマーに搭載されたレーダー群を用いて探索しても、離れていく羽虫の姿を捉えることは叶わなかった。




