処断
羽虫型のカメラから送られる画像をケドウは手持ちの端末を通じてみていた。
事務所の制圧は完了したも同然だろう。しかし、あの人数を抑えつけておくには二人では足りなすぎるようにも見える。更にソルジャーが投入されている。
「君はどう対処するんだろうね?」
メビウスもその隣で佇みながら映像を見ている。
「あの小娘の同行者。資料は見つかりませんでしたがネスト教会の?」
ケドウは即答した。
「ユリアだよ。きっとそうだ間違いないよ」
「ご存じで?」
「ああ。あっちは私の事を覚えているかは分からないけどね」
懐かしむように顔をあげるケドウ。
「まだ比較的。邦人と難民との間に闘争が生じていない時だったよ」
タブレットを傍に置いて立ち上がって腕まくりをする。
「さてさて。続きは気になるが、まだ僕には仕事が残っているからね」
殺菌液の容器から一押し分の液体を吹きかけて両手にこすりつけ、彼の作業をしている人々の間に割って入る。そして炊き出しに使うニンジンの皮を剥いていく。
「今日はカレーなのだよ。君は機械だから食えないな~。残念だな~メビウス」
気の抜けた声で些細な挑発にメビウスは真剣な質問で返した。
「こんなことやっている場合ですか? 計画は既に始まっているのですよ?」
「僕の出番はまだだろう? 今日の労働を怠れば私はやりがいに満たされない。全てはやりがいとカタルシスを得るための行動さ。別にアレは録画で見ればいいからね」
「勝手にしなされ……」
杖をついてメビウスは去っていく。ケドウは鼻歌交じりに無数のニンジンの皮を剥いていく。
―――
地下ではソルジャーとラングレーとのどつき合いの反響と衝撃はユリアにも感じ取ることが出来た。建物の壁に隠れて様子を伺いならユリアは衛利に問いかけた。
「なぁ利府里」
『どうしました?』
「あいつらは取り調べを終えたら拘束するのか?」
『……必要ありません。十分示威を示しましたから、また向かってくるなら……』
「それも。戦術AIの判断か?」
たまらずユリアは阻んだ。怪訝そうな声で衛利は聞き返す。
『そうですが?』
「さっきからそうだ。自分で決めていないように見える」
『別に、私はただ自分の判断をアイギスに示し合わせているだけです』
「人の命を奪う判断でもか?」
流石に冷静な衛利も声に少しだけ興奮が乗ってくる。
『それが我々のセオリーです。むしろ、あなたは自分だけの判断で命を奪うのが正しいとでも?』
「そう言いたいわけじゃないが」
ユリアは頭をかいて問いかけた。
「もしも奴らが襲い掛かってくる危険性を保ったままだったら。アイギスってAI様は必要なさそうな人間をどうするって言うんだ?」
『皆殺しにしても問題はなさそうですね』
「はっきり言ってくれる」
ユリアは建物から身を乗り出すと部下たちに拳銃を構えながらトラックに近づいた。荷台をノックすると「ひぃ!」という悲鳴があがる。
「私はユリアって言うんだ。あんたは?」
「はい!サイナギって言います!」
哀れに思う程怯え切った必死さにドン引きしつつもやり取りを続ける。
「そうか。サイナギさん。テロリストについて知ってるか?」
「……わかんねぇよ。俺たちと関係のある組織なんていくらでもいるんだからな!」
「じゃあいい。次に質問だが、かなり迎撃態勢を整えていたように見えたが。私たちが来ることを分かっていたのか?」
「いや。来ることは予想外だったが、あんたらの存在を教えたやつがいる!あっ……」
「そいつは?」
「タダで教えてやるもんか!俺の身の保証がなかったら何も話さねえぞ」
完全に見栄を張る気持ちを失い金切声をあげるサイナギにユリアは頭を抱えた。その瞬間トラックの荷台に向かって疾走する黒い影が視界端に映る。
「でないなら……」
飛び込んだ衛利は荷台から自分より大きなサイナギを少女の力とは思えないファイバーアーマーに頼った力で放り出すと転がっていく。サイナギが失禁しながら後ずさるとトラックの荷台の暗闇から青い双眼がユラリと揺らめいた。
「喋るつもりがないなら。考えがあります」
コイルガンを部下の一人に向ければその部下表情はひきつかせながらサイナギを見る。
「さ、サイナギさん」
「やめろ!俺を見るんじゃねえ。だいたいなんだ。お前らのような代わりなんている奴のために、俺が切り札を失えって言うのか!? 情報価値がなくなったら俺はどうなるんだ!」
「こ、この野郎……!」
完全に錯乱した言葉だが、部下たちの表情が急に憎悪を浮かべると、突然サイナギの両足に拳銃を至近距離で撃ち込んだ。銃を取ったのに衛利はただ目配せしただけで何もしない。
「ぎええええええ!!!!えっぇ……」
周りを転がりまわるサイナギに罵詈雑言を吐く部下は、衛利にも目を向けずにサイナギだけに拳銃を突きつける。サイナギは逆に衛利に両手を合わせて懇願する。
「喋ります……喋るからだずげで……」
「利府里!おまえ!」
衛利の前に回り込んだユリアはハッとして一歩引く。目は青く爛々と光が灯りながら見開かれた目は一切の意思や同情を含まない。「アイギス」と呼ばれる機械の指導に従い。その過激さは制御された指向性の爆弾かのように振舞う。
「どいてください」
衛利が少しの力で押し退けられたユリアは自身が横にズレた瞬間に部下たちが衛利の不意打ちによって射殺されていくのをただ見ることしか出来なかった。直感で恐怖を感じたユリアは消耗しきったサイナギに銃を向けながら、問いかける衛利の後ろ姿が突然怖くなった。




