疑心
衝突で頭が揺れながらもサイナギは運転席からトラックの貨物室に逃げ込んだ。
「なんて日だ!クソが!」
(地下の小娘がソルジャーを突破してきたのか? いいや。まずたった一人だけで乗り込む自体不自然なんだよ。仲間が居るに決まってる)
喋られる状態で身柄を確保するつもりだろう。殺害が目的なら最初からトラックの座席にあれほどの射撃を撃ち込むはずだ。そう判断したサイナギはすぐさま荷台のドアを開けて外に出る。逃げ切れるかどうかは分からないが。
(別の詰め所……いや。ボーダレス商会まで走っても30分か)
救援を頼むために無線を起動させるが、相変わらずどこのチャンネルも砂嵐のノイズだけが返ってくる。
「肝心な時によぉ!」
通信機に当たり散らす間にも集結してきた見張りや護衛の部下たちがすぐさま車を用意する。
「サイナギさん」
「でかした!」
すぐさま乗り込もうとするがすぐさま車のタイヤに穴が開くと、同時にサイナギは悲鳴をあげてトラックの荷台へとに逃げ出す。
「待て!」
増幅されたユリアの声が周囲に鳴り響くと部下達も敵の位置をしろうと見渡した。正解は上空に浮かべた小さなドローンに搭載されるスピーカー機能なのだが。誰一人見つけることが出来ない。
「この事務所を仕切ってる奴を出せ。聞きたいことがある」
「ふざけんじゃねえ!最初から攻撃してきたのはおめえたちだろ!」
余りの理不尽さに怒りが頂点となった叫びが荷台の陰から響く。
「なんだって?」
「なんだってじゃあねえよ!そんな打ち合わせもお前らはしてねえのか!」
「……」
相手が混乱しているため無言になっているのは感じたサイナギが畳みかけた。
「あんな装備を持ってるなんてお前らイヌモの連中だろ。いいのか? 5年前の暴動でお前ら随分と金を支払ってここを少しマシにしたんだろぉ?」
―――
「先に仕掛けたのは。どういうことだ利府里?」
ユリアは事務所外壁の影で衛利に通信を開いていた。
『彼らが武器を携帯しているのが見えましたので、先制して脅威を排除しました』
「まぁそうだろうがな」
下種で知られる港湾組合共に力を与えているのは港湾利権と武器だ。むしろ使用権すらも武器によって支えられていると言っても差し支えない。多少武器をちらつかせられるだけで武威を示したかったのだろうが、彼らから衛利へのメッセージは彼らが意図しないものであったのは想像に難くない。
そう考えたユリアに疑心が生じてしまう。
(問題は受け取り方だ)
衛利の言葉通り武器をちらつかせるのを攻撃のサインと受け取り先制した。その実、ただの口実に過ぎず最初から相手を攻撃することで屈服させて情報を聞き出そうとしたのか。
もちろん衛利がそんなことを起こす謀略なんて持ち合わせていないだろうとは人間性として感じている。
だが、これがもし衛利と繋がっているファイバーアーマー:アイギスに搭載されている戦術AIが提案したとしたら……。
(真偽はともかく。私があいつらの敵と認識されているのは変わりないか)
ユリアは意を決してマイクをオンにする。
「分かった。抵抗しないならこれ以上の攻撃はやめてやる」
『初めからする気なんてねぇんだ!さっさと姿を見せろ!』
ドローンが拾った必死な声がパラディウムを通してユリアの聴覚神経に伝達する。更に搭載されているカメラから敵の配置を確認したユリアはトラックの間近から出ていくように移動した。
「衛利。相手の代表者を確保できそうだ」
『そのまま動かないようにしてください。厄介なことになっています』
「厄介だって? 何があったんだ?」
『対処しています。今は監視を』
「了解」
ユリアは壁の影に隠れながらドローンによる偵察を続ける。
(本当に取り調べで済むのか? この状況で)
悪い予感と共にある疑問がよぎる。その予感が当たった時に自分はどうするのか。衛利はトラックの荷台に隠れた代表者らしき人物以外はどうするつもりなのか?
尋問後に放っておくのは、自然と発生する報復の脅威をどうするつもりなのだろうか。もしも、理不尽に追い詰めた相手を、安全のために彼らを『始末』し始めたら?
悪手かもしれないが、ユリアは拳銃を握りしめると、いつでも発射できるようにバレルを通電させた。
「なぁ利府里」
固唾をのみこみユリアは衛利に問いかけた。