第九九羽 時計の電池編
職員室ではロッカーから自分のお気に入りの枕が無くなった事に困惑している三島が安藤真美体育教員に頼まれた仕事に取り組んでいた。
彼は始終、首を傾げては「どこへ行った?」「どこかへ置いたままだったかな?」などと繰り返し呟いていた。
そんな事は露知らずライチョウは昼食を食べ終えた昼休みにロッカーにまだ枕がある事を確かめた。
返す方法を考えなければならない。
ライチョウは屋上へ出た。風に吹かれて大空の元で考えてみれば良い案が浮かぶかもしれないと思ったのだ。
そこにはすでにタンチョウがいた。
「よお」
「あら、先客ね。どうしたの?」
「いや、さっきここに来た時に良い天気だなって思っただけだよ」
「そう」
「ライチョウは?」
「私は、枕の返し方を考えるためにここへ。良い案が浮かぶかもしれないと思ったの」
「そうか、手間がかかるな。で、浮かんだのか?」
「考えるのはこれからよ。でも、大体の計画は立ってるの」
「へー、どんな?」
「たぶん放課後まで残ってからでしょうね」
「そうか、三島は安眠出来ないかもな」
タンチョウは笑っている。にこやかに。少しだけ嬉しかった。ライチョウがタンチョウの隣にやって来た。タンチョウよりもいくらか背の低いライチョウは少し伸びをして同じ姿勢を取った。
「ピッキング出来たんだな」
「違うのよ、あれは」
ライチョウは笑って答えた。
「道具を使ったの。キセキレイが渡して来たからきっとオシドリの作った物でしょうね。便利だわ。でも、こんなのが流通しちゃもっと悪用されちゃうわね」
そう言いながらライチョウはポケットから機械仕掛けのピッキング道具を取り出した。
「へー、そんな物を使ったのか」
タンチョウはライチョウからそれを受け取るとあれこれと調べ始めた。
「すごい仕掛けだな、さすがオシドリだ」
「ええ、便利だった。タンチョウは順調に終えたのね?」
「ああ、初めて変装したよ。草野にバレそうになった」
「ふふ、草野先生ってもうお爺ちゃんじゃない。怪しむ目も霞んでるでしょう」
「かもな」
「どうなったのかしら? 後輩たちは小テストを乗り越えられたと思う?」
「いや、どうだろうなあ。ちょっと遅延させるには不足してると考えてた。草野の右手首には腕時計があったから」
「そう」
「うん」
そうして昼休みは過ぎていった。
タンチョウの予想通りに化学の小テストは事務員を待つ事無く始められた。草野は腕時計で時間を計る事にして30分間と定めた。
それが黒板に書きだされた時の生徒たちの表情と言ったらこの世の終わりのようだった。
終えたテストは後日、草野が採点して生徒たちに返すが一人残らず返される事を望んでいなかった。誰一人として事務員を怪しむ事はなかった。
依頼主はそのクラスの中の男子生徒だが、これは間に合わないとその日の朝に相談した結果、3人で一緒に投稿した依頼だった。
ライチョウは放課後まで待った。昼休みに枕を確認してからは一度も心配はしなかった。古びていて、真ん中が頭の形に凹んだ枕を横取りしようという者は他には居まいと考えている。
暗くなってから彼女は隠していた枕をロッカーから取り出すと誰の姿も見えないのを確認してから職員室前の扉の脇にそっと置いて帰った。一度盗ってしまった以上は戻してしまうと誰かが疑われて犯人探しが始まる可能性がある。
それだけを済ませるとようやく解放されたような気になって彼女はうんと伸びをすると下校するために玄関の方へと向かった。
ライチョウが靴を履いている時に影から人が現れた。
タンチョウだった。
「よお。終わったか?」
「ええ。待っててくれたの?」
「まあな、ちょっとだけ心配だったから」
「ありがとう」
ライチョウは照れ臭そうに礼を言った。お礼など不要と思っていて、言われるとも思っていなかったタンチョウは驚きもしたが何よりも嬉しかった。
「じゃあ、帰りましょうか」
そして2人は校門を出て行った。
「ねえ、タンチョウ、私ね、やりたい事が決まったの」
「そうか、応援するよ」
タンチョウはやりたい事が出来たと打ち明けた彼女を横目で見ると表情は明るくて嬉しそうだった。雲一つない空に浮かんだ月の彼女の瞳を煌めかせていた。
この日、見たこの月と彼女の表情を忘れる事はないだろう。
「月が、綺麗だな」
ふと呟くとライチョウが「そうね、綺麗ね」と返した。




