第九四羽 時計の電池編
ライチョウはロッカールームの中を見渡した。役に立ちそうな物は何もない。姿を隠せる場所もなかった。
ロッカールームは2階にある。窓から外へ出る事も出来そうにない。
ロッカーに隠れるなんてもってのほかでとどのつまりはライチョウの身を隠せる場所はこの部屋の中にはなかった。
≪カッコウ、どういう状況か教えて≫
≪マズいねえ。ロッカールームの方に用事があるみたいだよ≫
≪どうにか出来ない?≫
≪たぶん大丈夫じゃないかなあ。でも、一応は準備をしておいて≫
≪なんの?≫
≪飛び下りる準備だよ♪≫
≪もう! 危ない事はしたくないのに!≫
≪まぁ、最終手段だよ。仕掛けが功を奏すかも。声ってドア越しでも聞こえる?≫
≪ええ、十分にね!≫
≪分かった。じゃあ、耳を澄ませてよく聞いて≫
ライチョウはカッコウに促されると音のしないロッカールームの中で赤と黒のチェック柄の枕を抱えた珍妙な格好で耳を澄ませた。
「うん?」
「なんですか、これ」
2人の教員の声が聞こえる。教員が見ているドアには【着替え中です。】と書かれていた。
「誰ですかね?」
「この便箋って辻先生が使ってる物じゃないですか? こんな便箋をもらった事がありますよ」
「え、どうして女性が男性ロッカールームで着替えるんだ?」
「確かに、おかしいですね」
「どうしたんですか? 誰がいるんです?」
辻という現代文の女性教員の名前が出ると2人の男性教員は少しだけ嬉し気に見えた。口の端に笑みが見えている。
辻という教員は職員内のみならず生徒からも美人と評判の教員だった。そんな人がもしかしたら男性ロッカールームで着替えをしているという妄想をするだけで愚かな男たちは喜んでしまうのだった。
これを仕掛けたカッコウの狙いもそこにあったので計画通りと言える。
どんどんとドアを叩いた。
「はい」
ライチョウは声を変えて返事をした。中性的な声に変えている。
「どうしたんですか?」
「コーヒーを零してしまったんです。もう少し待ってください」
「どれくらいですか?」
「あと3,4分です」
ドアの外の教員は声の主を男と判断したのか肩をすくめるとロッカールームの前を去って行こうとした。
「じゃあ、トイレにでも先に行ってきますか」
「そうですね」
2人の教員はがっかりと肩を落としている様子で遠ざかっていく。ライチョウはドアの前でホッと胸を撫で下ろした。
「男性でしたね」「そうだな。別に俺は期待はしていなかったけどな」「またまたあ」「馬鹿野郎」「へへっ、それにしても職員室内でコーヒーを零した人なんていましたか?」「さあな」などと話しながら廊下を歩いて行く。
そして角を曲がった。
≪おっけー、角を曲がったよ≫
≪ありがとう、ひやひやしたわ≫
ライチョウはドアを開けて外に出た。
そこには確かに女性が使うような可愛らしい綾な縁取りの便箋が貼られていて男のような文字で【着替え中です。】と書かれている。
「誰が書いたの?」
「まあ、質問は後々」
「そうね、移動しましょう」
ドアから便箋を剥がして2人はその場を離れて行った。
「その枕どうするの?」
「どうしましょうか?」
「赤と黒のチェックって。安眠出来ないでしょ」
カッコウは馬鹿にしたように笑っている。
「本当にどうしましょうか?」
「ねぇ、持って教室に戻るわけにもいかないだろうし」
返さなければならない事情も考えて近くに隠す事にしたライチョウは隠し場所を選ぶのに苦労した。
そしてカッコウに礼を言って教室へと戻って行った。




