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第九二羽 時計の電池編


 授業を終えてすぐにライチョウは前準備をするために教室を出た。


 彼女にはある目的があった。会議室横にある職員用ロッカーを目指して歩いている。


 廊下には人が疎らにいて彼女の妨げになるような事はなかった。


 前準備に道具は必要ない。強いて必要な物を挙げるのなら彼女の演技力こそが必要となるだろう。


 それでもライチョウはやり切る自信があった。


 廊下の角で壁にもたれて時間が過ぎるのを待った。


 生徒がすれ違って行く。ライチョウは何をするでもなくもたれたままで待っていた。こんな時ほど時間の流れが遅く感じる事はない。


 知っている者がライチョウに手を振る。にこやかに、何も知らない様子で。ライチョウも同じように微笑んで答えた。


 そして休み時間が終わる少し前にロッカールームへ近づく教員がいた。


 天野だった。


 ライチョウは微笑んだ。これでなら上手く行く自信が確信へと変わったのだ。


 天野は鍵で部屋を開けると中へと入って行った。ライチョウはそれを見届けて天野が入った部屋へと近づいた。


 スマホを取り出して全学級の時間割を見ると天野は次の時間に割り当てられていない。


 天野は現代文の教員だった。ライチョウのクラスも彼に習っている。授業中は退屈で教えている天野すらそのように見える節がある。


 ライチョウはいくらか現代文という授業がいくらか好きだったのでそんな節を見せる天野は好きではなかった。


 小説や随筆を読み漁っていた時期もある。今もまだその習慣は残っていて繰り返し読む事さえあった。


 彼女は天野が出て来るのを待った。


 程なくして天野がロッカールームから出てきた。


 鍵をかける前にライチョウは天野の背後から声をかけた。



「天野先生、ちょっといいですか?」



 天野は鍵を差し込もうとした手を止めて振り返った。



「おお、真城か。いいよ、でも、ちょっと待っててくれ」



 ライチョウを待たせて鍵をかけようとする。



「先生、もうすぐ休み時間が終わってしまいます。ちょっとでいいんです」


「分かったよ」



 そしてライチョウと真城は向かい合ってロッカールームの扉の前で話を始めた。



「それで、どうしたんだ?」


「ちょっと進路について質問があるんです」


「そうか、答えられるかな。どんなものかな?」



 ライチョウはにっこりと笑って見せた。



「私、文系の大学を進路に加えようかと考えているんです。先生は現代文を教えてるから相談に乗ってくれるかと思って」


「文系か。興味があるのか?」


「はい、昔から好きで」



 ライチョウは職員室側に身体を開いた。



「好きな事を伸ばすのは良い事だよ」


「天野先生の出身校を教えてください。どんな授業がありましたか? どんな活動が盛んだったかも教えて欲しいです」


「そうだなあ」



 ライチョウはまた体を動かして天野の横に付いた。



「英文学の授業が濃い内容だと嬉しいです」


「え、英文学か…。ちょっと難しいなあ。俺が卒業した学校はあまりその特徴はなかったよ」


「そうですか。天野先生は授業中に古文・漢文は得意じゃないって言ってましたよね?」


「そうなんだよ。よく覚えてるなあ。俺だっていつ口にしたか覚えていないのに」



 話に火がついてきた。ライチョウは上手くロッカールームから意識を逸らしている。


 目線を誘導していた。体を傾けたのは職員室へ向かわせるためだ。天野はそちらへ行きたいはず。


 苦手な物と得意な物を話の間に織り交ぜた。


 天野はライチョウの思惑通りに職員室へと向かい出した。



「だけど、真城がそうした論文を書いている教授がいる大学を調べるのは骨が折れるぞ」


「もしよければ先生がご存じのいい大学を教えてください」



 職員室の扉の前でライチョウは天野に頼み込んだ。



「分かった。ちょっとだけ調べてみるよ」



 そうして急いで天野は職員室に入って行った。


 天野が職員室に入って行ってライチョウは肩の力を抜くと休み時間の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。


 教室へ戻るとキセキレイがライチョウを待っていた。机に両肘を立ててスマホを横にして指が忙しく動いている。


 キセキレイが座っていたのはライチョウの席だった。



「何してるの?」


「べつにー。ゲームだよん」



 キセキレイはにこりと笑ってスマホの画面をライチョウに見せる様に前に出した。


 ライチョウにはよく分からない画面が映し出されている。



「授業、始まるから」


「知ってるー」


「自分の席に戻りなさいよ」


「怖いー。もっと優しく言ってよ」


「はあ、疲れる」



 ライチョウがため息をつくと立ち上がったキセキレイは笑顔で迫ってライチョウを抱きしめた。



「ぎゅー」


「止めて」



 キセキレイを離したライチョウは自分の席に座ると「しっしっ」と手を振ってキセキレイを追い払ってしまった。



「むー」



 口を尖らせて自分の席に就くとキセキレイはまたスマホを取り出して先と同じ姿勢でスマホを繰り出した。


 机の引き出しの中から次の授業のノートと教科書を取り出して腕を動かした拍子に肘が制服に当たった。何かが入っている。


 ライチョウはそれを取りだすと手のひらサイズの機械仕掛けに組まれたピッキング道具である事が分かった。


 ピンキング道具を手のひらに持ったままでライチョウはキセキレイを見た。


 彼女は笑っている。その笑みは「いつ入れたのか分かる?」と問うているようであったのでライチョウは応じた。



≪抱きしめた時でしょう≫


≪違いまーす≫


≪じゃあ、いつ?≫


≪ゲーム画面を見せた時でーす≫



 ライチョウはその時の事をよく思い出して見るが触られた感覚はなかったはずだった。


 入れられるタイミングを2つ作っておいて後から答えに合わせて変えたに違いないと考えたが指摘はしない。



≪使うか分からないけれど、ありがとう≫


≪どういたしましてー≫


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