第五九羽 校門の植木鉢編
冷静さを欠いていると言えるほど岩畑は思考を散漫とさせている。
もし彼がランタンの紛失に関わっているとしたらその用途はなんだろうか、どんな方法をとったのか、これまでの紛失事件とどんな関連があるのか、などと考えを巡らしている。
答えは見つからない。
荷物を玄関の下駄箱の傍に置いたターゲットが外履きを脱いで靴下のまま廊下を歩いた。
岩畑も外履きを脱いで下駄箱の上に置いた。靴下で歩くといくらか足音が消える。
ターゲットは玄関から近いトイレに入って行った。それも慌てた様子に見える。
暗い廊下の中でトイレの灯りが点いたのが確認できた。中にいるのだ。いくらか時間が経った。
岩畑は姿勢を変えては監視している。大きい方の用を足しているのだろうと考えると他人の排便を予想する下品さに嫌気がさしたが仕方がない事だと言い聞かせた。
センサーで人の動きを感知して自動点灯する電灯は人がいる事を容易に教えてくれる。岩畑は廊下の角からジッとトイレの様子を窺っている。
そして突然、灯りがパッと消えた。
用を済ませている間にセンサーが動作を確認できなくなると消灯する。それでも中で少しでも動きがあればすぐに灯りは点くはずだ。
岩畑はトイレから目を離していないはずだ。いつまでも点灯しないトイレを見ていると不安になってくる。
外に出る事が出来るのは出入り口を使うしかないはずだ。
5分以上の時間をそこで待っていた。自動消灯してからすでに1分は経っている。
確認するべきだと思った岩畑はトイレの扉を開けた。灯りがパッと点く。
照らされたトイレの中にはターゲットの姿はない。酷く驚いた岩畑は2つある個室を確認するために個室の扉を開けるのだった。鍵はかかっていない。
確かにこの場所に入ったはずだった。高校生の野球でいくらか鍛えているひとりの男子生徒が消えたのだった。
窓からは出られない。出入りできるほどの大きさはないのだ。
その空間には狼狽した岩畑だけが取り残されていた。
我に返った岩畑は急いでトイレから出た。玄関へ向かうとターゲットが置いた荷物と脱いだ外履きがない。校外へ出たのだ。
外履きを下駄箱の上から取ると履くのも半ばに外へ駆け出していく。校門の前で荷物を持っているターゲットを見つけた。
「待て!」
岩畑は彼を呼び止めていた。
「岩畑か、どうした?」
彼は冷静だった。岩畑は自分がこれまで尾行していた人物と対峙するとおかしな気持ちが湧きだしてくるのを感じていた。
「僕は、僕は君を疑っている!」
「疑う? どうして?」
「紛失事件が重なっている。先日は藤堂会長が拝借していたランタンが盗まれた。知っているだろう?」
「ああ、聞いた事がある。藤堂の親衛隊に体験入隊した時にな。それが俺とどう関係があるんだ?」
「君が藤堂会長に2度も会ったその日に紛失したんだ。だから僕は君を尾行していた。君は僕を2度も見事に撒いたんだ!」
「勘違いじゃないか?」
「そんなはずがない。僕は今、君に今日だけで2度も撒かれたと自分で口にして屈辱に燃えている。
偶然だとは言わないでくれ! ますます怒りが増していくんだ、自分の不甲斐なさにごうごうと燃やしている。君に平然と、淡々とそんな風にしらを切らせた僕の不甲斐なさが情けない!」
「そうか」
「聞いてくれ。ランタンが盗まれて次の日には生徒会室の前に返されていた。藤堂会長は大げさだと笑っているが看過は出来ない。大きな事件に発展していくに違いないからだ」
「俺じゃないぞ」
「ランタンが必要とされるのはどうしてだ?」
タンチョウは答えなかった。
「ランタンの用途は限られている。戻されたランタンを観察すると油を使って火をつけていた痕跡が残っていた。
間違いなく火を灯して使ったんだ。盗まれた時刻と戻された時刻を考慮しても暗い時間帯に使ったのだろう。だが、盗んだ理由はてんで想像もつかない!」
「火が灯された痕跡が残っているのならランタンの用途を果たしたんだろう」
「笑わないでくれ。今、君に笑われてしまうと僕は自信を失ってしまうから。なんのために?」
「俺じゃない。分からないさ。盗んだのも俺じゃなければ、ランタンの用途が限られていて火を灯したと言ったのも岩畑、お前だ」
「昨日の夜の校舎は真っ暗だったはずだ」
「知らないさ。陽が沈めば暗くもなる。俺は部活を終えるとすぐに家に帰ったんだからな」
「ランタンの火で何を照らしたんだ?
僕には分からない。トイレに行くと自動で点灯したはずだ。そうした光が必要だったんじゃないだろう?
それでは意味がない。ランタンの光でなければならない理由があったに違いない。電飾の光では用途を満たせないものを照らしたはずなんだ」
「そうか」
「僕には何を照らしたのかまるで分らない。でも、ひとつだけ分かる事がある。君だ、君が怪しい! 僕は君を疑っている!」
「分からないと自分で言ってるのならその通りなんだろう。分からないんだ。俺もそれについては知ってる事はない」
「そうだ、分からないなんて口にするのは止める。はっきりと君に言おう。いくつかの要素が君を黒だと示している。それなのに事実を君に突き付ける事が出来ないのが悔しい。最後の壁が動機なんだ。動機が分からない」
「たまたま紛失事件が重なってたまたま藤堂の借りたランタンが無くなった。
そしてたまたま2回会って話をした俺が疑われている。友人として奴の絵描きの相談に乗ったに過ぎないのに。
どれもこれも言いがかりだ。どこかに転がっている偶然と偶然を接点もないのに同じ校内で起こっているという理由で結び付けてそれが真実だと声高に語っているのは救いがたいが、疑うのは自由だ」
タンチョウは帰宅するために校門を出ようと岩畑から目を逸らした。そのまま背中を向けて歩き出した。
岩畑は睨みつけるような強い眼差しをタンチョウから離さない。
校門の前での対峙は事無く済んだがタンチョウは明日からの学校が気まずくなると気を揉んでいる。
岩畑はタンチョウの背中が見えなくなるまで見つめていたが彼の後ろ姿が闇夜に消えていくと頭を振ってタンチョウに背を向けた。彼は屈辱を種に燃える怒りで身を震わせている。
「いつか、いつか君の実態を握ってみせる。君はなにかを隠している。どれだけのものかは分からない。でも、どれだけかかっても追いかけてみせるぞ」
校門から伸びる舗装路の両端には植木鉢がある。代り映えのない光景だが何かが違う違和感があった。
岩畑はそれを暗がりと怒りによる興奮の働きのためだろうと考えて校内へと戻って行った。
そこから1つだけ姿を消した植木鉢が残した痕跡になど目もくれずに。
舗装路に土だけが残っている。




