第五七羽 校門の植木鉢編
タンチョウは学校からほど近いオシドリの家にこの昼休みのうちに行くつもりで準備している。
まず岩畑の尾行を撒かなければならない。それは難しい事だったがタンチョウにとっては不可能じゃない事に思えた。いつだってどんな方法でもあるものである。
彼は鐘が鳴ってすぐに立ち上がると足早に教室を出た。岩畑に挑戦していくかのような強い足取りで。
廊下に出ると人は疎らで岩畑を撒けそうなポイントは見つからなかった。確認したわけではないが岩畑がしっかりと付いて来ているような感覚がタンチョウには確信のようにあった。
監視されているような背中を刺す視線を感じている。
廊下を直進していく。
1階に下りていく階段にさしかかると彼は瞬時にトイレに入る事を判断して方向転換すると疎らだった人影の向こう側に岩畑の姿を認めるのだった。
尾行されている。間違いのない事だった。
トイレに入ったタンチョウは個室の中で考えをまとめた。
尾行を撒く良い案はこれと言って無い。だが、代わりにどれだけ強い想いで尾行をしているのかを考えた。
岩畑は生徒会役員の使命感というよりも何か他の意志で動いていると考えられた。図書委員の仕事がこのような物であるはずがない。素行の悪い者を取り締まるのは風紀委員の仕事だろう。
タンチョウは一瞬だけでも撒く事が出来れば岩畑はそれほど懸命に探し回る事はないだろうと考えた。
昼休みにクラスメイトの姿が見えないなと思った一生徒のように授業になれば戻って来るに違いないと結論を下すのだった。それは岩畑がそれほど強い想いで尾行しているのではないとするのと同じだった。
トイレから出たタンチョウは岩畑の姿を認める事はなかったが廊下の角に潜んでいるだろうと予測している。油断はしなかった。
タンチョウを追い抜いていく生徒が数人いた。購買部へ向かう生徒たちだった。
タンチョウもそちらへ向かった。もちろん財布は持っていない。
購買部の前に来ると酷い人混みにもみくちゃにされそうになった。熾烈な争いが繰り広げられている。
人混みの中でタンチョウは好機と感じている。ここにいるほとんどの生徒がタンチョウと身なりが変わらない。同じ制服を着て黒い髪をしている。撒くならこれを使わない手はない。
昼食を購入して教室へ戻ろうとする生徒とまだまだ必要なカロリーを手に入れようと躍起になって前進していく生徒たちが蜂の巣のように出入りを繰り返している。
その激しい動きのちょうど真ん中に来るとタンチョウは姿勢を低くした。その姿勢で彼は外へと抜けていく生徒に混ざるとそのまま玄関の方へと走った。
背中の視線を感じていない。尾行を撒く事が出来たのだろう。タンチョウは内履きと外履きを交換すると外に出た。
ヤマセミの推理を聞いたタンチョウは校門から出て行く時に2つの植木鉢をすれ違いざまに見た。
報告にあったように何の変哲もない植木鉢にしか見えなかった。
もしヤマセミが言うように携帯ゲーム機を隠してあるのなら土が盛り上がっていたり、零れているなどの隠した痕跡がありそうだったが見当たらなかった。
校門から学校の敷地を出たタンチョウは気の乗らない態度を隠しもしないままオシドリの家へと歩いて行った。
彼の家は学校からほど近い場所にある。いわゆる引きこもりという奴で2年の夏から部屋から出た事がないのだった。
タンチョウには新築のように綺麗な扉が見える。
そのすぐ傍にあるインターホンを気軽に押すと中に響く音が聞こえて来た。
マイクから耳障りな雑音が出ると男が応じた。
「はい」
「俺だ。タンチョウだ」
「入って」
タンチョウは促されるままにマイクから口を離すと玄関の前に立った。カシャっと電子錠が外れる音が聞こえて扉の施錠が解かれると取っ手を掴んで扉を開いた。
オシドリの部屋は地下にある。タンチョウがここを訪れるのは3度目だった。
地下へ向かう階段へ通じる扉を開くと背後の玄関の扉が自動的に施錠する音が聞こえて来た。これで彼も地下で待つ男も容易には外に出られなくなるのだった。
薄暗い地下室への階段を下りていくと1人の痩せこけた少年がタンチョウを出迎えた。
「や、やあ」
オシドリだった。ぼさぼさの頭髪で薄汚れた衣服を着ている。
服の汚れに無頓着なのか汚れが目立つ白色のシャツを着ている。タンチョウは3度の来訪で白色のシャツ以外の衣服を着ているところを見た事がない。
右手を上げて挨拶をしているがどこか怯えているような震えを隠せていない。
「久しぶりだな」
「うん、久しぶりだね。この間は僕のドローンが活躍したそうで何よりだよ。僕は飛ばせないからね。キセキレイが楽しかったよーなんて報告してくれた。あれにはカメラが付いていてライブ映像で学校の様子を見る事が出来たよ。懐かしい風景だった」
「そうか」
「うん、なにか変わったところがあれば教えて欲しいね」
「特に変わったところはないな」
「そうかい、じゃあ、本題に入ろう。なんの用で来たんだい?」
「ああ、なにかを運ぶのに使える道具は無いか?」
「それはどうやって、どこに運ぶのかな?」
「校門から屋上へ運ぶ」
「なるほど、ねえ、タンチョウ、君は今、そうして口にしてみて何かこう思いつくものがあるんじゃないか?」
「ああ、ひとつだけパッと閃いた」
「聞かせて」
タンチョウが思いついた事を口にしただけでオシドリはとても喜んでいる。
「そうだよ。直感というものはとても大事だ。君は今、その直感こそが現状を打破する唯一の鍵だと思っているに違いない。そうでいいと思う。それに従うべきであり、それを磨くべきなんだ」
「分かった、従うよ。それでそんな道具はあるのか?」
オシドリはにこりと笑った。
その日、タンチョウはオシドリから道具を受け取った。
「すぐ返すよ」
「ゆっくりで構わない。僕はそれを使う事はあまりないと思うから」
「外に出てみようと思わないのか? 学校にまた通う気はないのか?」
タンチョウは玄関の扉を開ける前に彼に尋ねた。とても真面目そうな様子だった。
オシドリは口をキュッと結んで難しそうな顔をすると答えかねる様子を前面に出したがタンチョウは引き下がらなかった。
「いつか出るよ。だけどそれは今じゃない。でも、いつか、そうだね、いつかきっと出る事になるよ。思いがけない事が起きた時にね」
「思いがけない事?」
「うん、絶対にありえないような事が起きたなら僕もここを出てみようと思うよ」
それだけを一息に答えたオシドリは手を振ってタンチョウと別れた。彼は再び暗い地下室への扉を開けてひたひたと階段を下りていく。




