第五二羽 古びたランタン編
手に入れた古びたランタンをオオルリに届ける方法を考える事の方が彼らの頭を悩ました。
直接手渡してしまってはランタンを藤堂や織川に見られてしまう可能性がある。
そうなると紛失というよりも盗難事件となってしまう恐れがあった。
あくまでも紛失に抑えておきたい鳥の巣のメンバーたちは密かにオオルリに渡す方法を考え付いた。
オオルリこと大友幸大は受け取ったランタンを火が点けられるように準備をした。
6時限目を終えると幸大はそそくさと教室を出て行った。早く準備を進めなければならなかった。
すでに時刻は午後4時を過ぎている。
幸大はやきもきしながら鳥の巣の箱の下で彼女を待った。彼はシェイクスピアの詩集を読んで真雪が来るのを待っていた。
慰められているようには思わなかった。
これまで築いてきたロマンスの数々はこの日のための練習に過ぎないと確信したのはランタンを木の枝に吊るした時だった。
夕暮れの中、揺れるランタンを下から見上げていた。細長く揺れる影を見ているといよいよ気分を高揚させていくのだった。
夕暮れを過ぎていった。鐘が鳴らなくなった校舎は働きを忘れた機械のように謙虚に静まり返っていた。
日が沈み切った裏庭で幸大は真雪をひたすらに待った。枝の先に吊るしたランタンに火を点すと橙色の光が暗い裏庭を照らし出した。
そして足音が聞こえて来た。
幸大は鳥の巣の箱が設置されている木の幹に手を添えて足音を聴く事に集中した。
それは明らかに幸大の方へと近づいていた。彼の鼓動はもはや早鐘のように打っていた。
そしてコマドリこと豊島真雪がやって来た。
「ここでは何て呼べばいいの?」
「好きに呼べばいい。オオルリでも大友幸大でもどちらでも同じだから」
「そう」
「ああ」
「ランタンの光って綺麗ね」
「幻想的だ」
「ええ」
「来てくれてありがとう。礼を言うよ」
「呼ばれたから来ただけ。用事はなに?」
「うん、それだ。俺の心を悩ますのは」
「手紙を読んだよ」
「そうか」
「うん」
「俺、君が好きなんだ」
真雪は何も言わなかった。
「シェイクスピアの詩集をよく読む。
君をここに呼び出す手紙の一文もこの詩集を参考にした。美や愛が書かれているんだ。
どれもピンとこない。でも、真雪の事を考えて読むとそのどれもが納得できる気がする」
「私のどこが好きなの?」
「全部と言っても納得しないだろう、そうやって問い質すなら。それでも俺は全部と言う。ひとつひとつを取り上げて言うには数が多すぎる」
「納得しない。だって私の事を知らない所もあるでしょう。
全部だなんて無責任。私、実は目が悪くていつもコンタクトレンズなの、家では眼鏡をかけてるのよ。
性格だってずぼらだわ、だって、約束を忘れる事だってあるし家の鍵をかけ忘れる事さえある」
「どんな事を忘れたっていい、俺が覚えてる。目を悪くしたって構わない、どこを悪くしていても俺が君を支えてみせる。ひとつの柱が傍に聳えればいつだって支えてやれる」
「私の悩みのひとつも知らないはず。知ってるなら言ってみて、ここで聞いてあげるから」
「ただのひとつも知らない。だから、教えてくれ」
「ひとつも知らないなんて呆れた人! 本当に私を見ていたの?」
「見ていたけれど分からない。僕の女神は地上を歩いている。近くでよく見えるはずなのに欠点なんて見当たらない、悩みなんてないように見えた」
「じゃあ、教えてあげる。私は新しいマグカップが欲しい。未読の本を積み上げてばかりで全然、消費していないの」
「悩みが知れたのは嬉しい事だ。好きな人の悩みは唯一無二。力になってあげたいと思う」
「人の事ばかりなの? アンタには悩みがないの? せっかくだから尋ねてあげる」
「悩みはあるようでない。きっと君がいればすべて解決されるから」
「ますます呆れた! たいした悩みじゃないのね、きっと!」
「怒ってるのか?」
幸大は何とも言えない表情で尋ねた。告白の答えを聞きたかった。
真雪は少しの間だけ沈黙していた。
「怒った女は濁った泉」
真雪の言葉を聞いた幸大はにこりと笑った。すると真雪まで笑って2人は裏庭でくすくすと笑い合っていた。
「じゃじゃ馬ならし、名作だ。それで告白の答えを聞かせてくれないか?」
幸大はどんな答えでも受け入れると言わんばかりに実直な態度を見せて真雪の前に立った。
真雪はこっくりと頷くだけだった。
いざ告白の返事を尋ねられてしまうと照れてしまう。そもそもどうして尋ねるのか真雪は心の中で幸大を責めていたが心と身体の中、いわゆる真雪の全てを大友幸大が駆け巡っていて目の前に立つ男を見れなくなっていくのだった。
顔が赤くなっていくのが分かる。
真雪が照れた顔を見られたくない様子で伏せているのを見ると幸大はランタンを灯していて本当に良かったと思った。それには少なからず鳥の巣のメンバーへの感謝も含まれていた。
暗くなった春の夜道を幸大と真雪は肩を並べて帰って行った。




