第四四羽 古びたランタン編
幸大が思いついたのは美術部室の倉庫にある古びたランタンだった。
2年生の選択の授業で美術を選んだ幸大は週に一度だけこの倉庫に入る事が出来た。デッサンのテーマを倉庫から選ぶ時に彼はこの古びたランタンを選んだ。
どうしてそのランタンを選んだのかは分からない。彼のロマンスがそれに反応したに違いないが付与した物語も今では思い出せなくなっていた。
それでも彼が描き上げた歪なランタンは今も部屋のどこかにあるスケッチブックの1ページを飾っているのだった。
3時限目前の休み時間を使って彼は美術部にそのランタンを拝借しようと倉庫を訪れた。
分かり切った事だが鍵はかけられていた。
オオルリにはタンチョウのようなピッキングの技術はない。これまでにそんな事はついぞ試した事もなかった。
今度は美術部の部員か顧問に頼む事にしたがきっぱりと断られてしまった。理由を尋ねられた時に彼はすぐに答えられず言い淀んでしまったのだ。
告白に使いますと言うにはいささか度胸が足りず、恥を恐れる賢さが邪魔をした。後になって彼は酷く後悔したものである。
職員室からの帰り道、肩を落とす彼の背中を叩いたのはタンチョウだった。
「よお、保健室で休んだらどうだ?」
「同じ事を言われたよ。でも、そんな必要はないんだ」
「へえ、誰に言われたんだ?」
「コマドリ、いや真雪にさ」
彼女の名前を口にした幸大を見てタンチョウは驚いて表情に表したがサッと消してしまった。
「そっか。前にも言ったが相談にはいくらでも乗るからな」
階段を2人で上っているとタンチョウは真剣な面持ちで優しく言った。
幸大はゆっくりと顔を上げてタンチョウの顔を見た。
「ピッキングの道具を貸してくれ」
「何に使うんだ?」
「ピッキングの道具なんてどこかの扉の鍵を開ける事にしか使えないだろう」
「確かにそうだ。どこの扉を開けるつもりなんだ?」
「心の扉を開けられたらどんなにいいか。いや、無理矢理こじ開けるなんて望んじゃいない。現実のどこかのちんけな扉だよ」
「まだまだ余裕がありそうだ。貸すのはいいし、やり方も教えてやってもいい。
でも、その頼みは大友幸大としてか、それともオオルリとしてか?」
「どちらもだ。俺はその2つを有しているからな。そしてお前も、もちろん彼女もな」
幸大は踊り場に立ってタンチョウの目を強く見据えた。大きく瞳を開いてめらめらと何かを燃やしている。
「なら、鳥の巣に頼め。あそこが今の悩みの始まりで、きっと終わらせてくれる」
タンチョウはそれだけ言ってしまうと鐘が鳴る前に教室へと戻って行った。
幸大も急いで教室へと戻った。走っていたが上手く足が回らない。それでも彼は一刻も無駄に出来ないと懸命に走った。
机の引き出しからノートを取り出すとペンを持って勢いよく書き始めた。
鳥の巣への依頼を。
そして鐘が鳴る30秒前に彼は教室を飛び出して裏庭へ向かった。
[3年2組 大友幸大が依頼する。
美術部室の倉庫にある古びたランタンをひとつ拝借したい。
期日は出来れば今日の放課後に入る前までに。]
タンチョウの元にノートの紙片が届けられた。
紙片に書かれた依頼を読んだタンチョウは迷っていた。
いつもの依頼のようにみんなに招集をかけるべきだったが今回はオオルリとコマドリには声をかけられないので人数は減る。
加えてオオルリのこうした依頼に過剰に反応しそうなのがキセキレイとカッコウだった。
恐らく反対されるだろうと彼は考えていた。
いくらか悩んだ末にタンチョウは3時限目の半ばにオオルリとコマドリの2人を除いた鳥の巣のメンバーに招集をかけた。
オオルリこと大友幸大に大切な物は貫けと言ってしまった以上、タンチョウ自らがルールを曲げてしまうのは憚られた苦渋の決断だった。
≪なにこれー?≫
キセキレイがまず初めに反応した。タンチョウは授業中に初めて緊張して心臓の鼓動が速まるのを感じていた。
≪新しい依頼だ≫
≪ほうほう、なるほどねー。どういうつもりなんだろ?≫
≪これってあたしが思うにオオルリだよね、この大友って生徒は≫
≪まさしくそうだねー。紛れもなくそうだねー。てか、カッコウは同じクラスじゃん≫
≪タンチョウは何か知ってるの?≫
≪オオルリが悩んでるって事しか知らない≫
≪本当かなあ?≫
≪ねー、ホントかなー?≫
≪追及、厳しいよ? 傷つく前に話した方が賢明≫
≪だねー、ライチョウもたまにはいい事を言うんだよね。げろっちゃえよ≫
≪本当に知らないんだ≫
≪今日のオオルリは体調が悪そうだったぞ。その事と何か関係してるんじゃないか?≫
≪そうだねえ、あたしは見たんだよ。オオルリとコマドリちゃんが喋ってるの≫
≪情報は共有するべきだと俺に言ったのはタンチョウだったかな? ライチョウだったかな? なあ、どっちだ?≫
≪必要な事は知らなくちゃいけないと思うなあ、あたしも≫
≪そうねー、背景を知らないと危ないかもしれないし≫
≪きっと、今、準備してるんでしょうね。丁寧に説明してくれるよ≫
キセキレイとカッコウ、ライチョウとヤマセミ、そしてまだ発言していないがアオゲラが集まっていた。




