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第二九羽 ペットボトルロケット編

 昼休みになった。


 タンチョウは弁当を広げて食べ始めた。

 周りにはいつも通りにクラスメイト達がいる。こうした時には普通の生徒のように他愛もない会話を楽しむのだった。


 タンチョウが食事をしている頃に生徒会室では生徒会長がイスに座っておにぎりを食べていた。



「最近、些細な紛失事件が多い。見回りを強化する必要があると思うんだよ」


「はい、私もそう思います」



 間髪入れずに答えたのは身体の大きな権田完結美化委員長の隣に立っていた副委員長の安土美雪だった。

 権田は同意を示すためにゆっくりと頷くだけである。



「今日から10日間ほどそんな期間にしよう。権田、安土、よろしく頼むよ」


「はい、お任せください」



 そして美化委員の長たる2人は生徒会室を退室した。2人の態度は教員と接するよりも畏まっていた。


 2人にとってはそれほどの相手だったのである。


 美化委員とはそんな者たちの集まりだった。いわゆる生徒会長親衛隊の者からなる委員会でその親衛隊を指揮するのが安土美雪だった。


 どれほど生徒会長に惚れ込んでいるのか。安土副委員長は心酔と言うにはあまりに優しい。ほとんど神格化している風すらある。


 生徒会長が指し示す道こそが彼女の生きる道だった。

 断っておくと生徒会長が見ている道ではない。指さした道なのである。それがどれだけ険しくとも彼女は歩み切る覚悟を持っていた。


 権田は生徒会長と幼馴染で乞われてその地位に就いた。


 驚く事に親衛隊の者たちも彼が美化委員長になった事に納得していた。


 「ああ、彼なら問題はない」などと評価されていて生徒会長からも親衛隊からも厚い信頼が寄せられている男だった。


 だが、権田は全く寡黙な男だった。ほとんどしゃべらない。


 生徒会長は権田の表情や瞳を見て彼の思いを察するのに慣れている。


 他の者にとってははた迷惑な男だったが生徒会長が絶大な信頼を寄せているという一事だけで60人の男女を率いる男になったのである。


 生徒会室を出た権田と安土は扉の前で立ち尽くしていた。


 権田はむっつりと黙り込んでしまって前を見るばかりであった。安土はなにやら真剣に考え込んでいる。

 5分ほど時間が経った。


 安土は眼鏡をくいと持ち上げると30センチ差のある権田を睨みつけて言った。



「会長はおにぎりの具は明太子が好きなのかしら? 今日は明太子だったよね、あれ」



 権田は答えない。確かに明太子だった。

 

 弁当の中身は至極、庶民的な内容だった。そんな些細な情報も親衛隊の公式SNSで共有される。

 

 もちろん、生徒会長はそんな事は露と知らない。


 安土は答えない権田のすねを爪先で蹴り上げてさっさと歩き出した。


 権田は蹴られたすねをひと撫でするとつかつかと進んでいく安土の後に続いた。

 

 彼は安土に夢中だった。およそ彼の初恋だった。それが驚く事に6年も続いているのだ。


 初めての出会いを語るのは簡単だ。要は小学6年生のころ進級した最初の登校日、席に就いて律義に必要な物を机の上に揃えて待っていた権田に「でかっ!」と叫んだのが隣に座った彼女だった。


 叫んだ声の方に振り向くと恥ずかしそうに顔を伏せる少女を見た。

 

 たったそれだけで権田は眼鏡をかけたこの女の子を好きになったのだった。

 

 小学校の教室には隣に座った子を好きになるという類まれなる魔法がかけられているものである。


 互いが成長するにつれて離れてゆくばかりの2人の瞳は意識し合わなければ合う事などない。


 権田は彼女を見つめているが安土は権田を睨みつけていた。

 

 そしていつからかその視線の先に権田の数少ない理解者である幼い日の生徒会長の姿が映るようになった。


 権田は美化委員長でありながらまるで安土が美化委員長であるかのように彼女の後ろに付き従っていた。少なくともそのように見えていた。


 安土が階段を少しだけ上ってひらりとスカートを翻して振り返った。傾いた眼鏡のアーチを薬指で押し上げる。お決まりの仕草だった。


 権田は階段に足をかけることなく立ち止まった。


 今、2人の視線は平行にぶつかっている。



「美化委員で校内を見回る。不審な者たちは容赦なく取り締まるのよ」



 権田は頷いた。


 安土はそれを見て優しく微笑んでから頷き返した。


 階段を軽やかに登り切ると踊り場にするりと立った彼女は立ち尽くす権田にひらりと手を振って去って行った。


 いつもそんな時には権田の頬に風が吹く。


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