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第一〇八羽 校長室の木箱編

 タンチョウは20分ほど居眠りしていた。ハッと目を覚ますと彼は右頬に皺が出来ているのを感じてそこを指先で優しく撫でた。居眠りをするのはずいぶんと久しぶりの事だった。


 辺りはまだ少しだけ明るくて人の気配も感じられる。タンチョウは立ち上がって廊下に出た。廊下には人は居なかったが隣のクラスをちらりと覗くと座って自学に励む者がいたのでまだ実行の時ではないと判断した。


 スマホを取り出して通知を確認するとSNSから友人たちの新しい投稿が報告されていたがミソサザイからの連絡は届いていなかった。


 もちろんタンチョウも送っていない。送るべきか迷っていたがタンチョウは送らない事を選んで再び教室内へと戻った。


 いくらか時間が経つと学校の実測図に目を通すのも飽きてきてタンチョウも自学に取り組み始めた。


 徐々に暗くなってきた。人の気配もほとんど感じなくなっている。


 時刻は午後7時の半ばへと向かっていた。タンチョウはキセキレイから借り受けた暗視ゴーグルの入った袋を取り出すとミソサザイへとメッセージを送った。



≪準備は出来てます。いつでも大丈夫なので連絡をください≫



 返事はすぐに送られてきた。



≪僕も大丈夫だよ。でも、まだちょっと人の数が多い気がする≫


≪分かりました。もう少し待ちましょう≫


≪僕はいつも通りに校内を見回っているからね。生徒も職員ももうすぐ数が減るはずだ≫


≪分かりました≫



 タンチョウはスマホを机の上に置くとまた自学に取り組み始めたが誰かの視線を感じてならなかった。


 ネクストバッターサークルに立つとそこでは味方からも敵からも、そして観客からもある程度の視線を感じる事があるがそれに似た感覚だった。


 タンチョウは参考書から目を離して辺りを見回してみた。人は居ない。教室内にはタンチョウだけだ。廊下にいる気配もしないが確かめて見るに損はしない。


 警戒しつつゆっくりと廊下へ出るとやはり人はいなかった。


 だが、少し歩いてみると誰かに見られているという感覚はますます強くなった。


 彼は迷った。この状況で仕事を行ってもいいのだろうか。誰かに見られている。それはまず間違いない事だ。


 彼は確信しているが姿を見つけられない。目にはいくらか自信がある。バッターのバッドの振りと音で打球の向きを判断する事さえあるのだ。少しでも視界の中で動きがあれば分かるはずだった。


 ひとしきり周囲を警戒して見せるが人の姿はなかった。


 室内に戻って自学を続けた。ミソサザイからの連絡はまだない。タンチョウもそれでいいと思っている。耳の後ろが冷たくなってきた。引っ張られる感覚が徐々に強くなっていく。


 タンチョウはまた強く悪寒を感じ始めるのだった。



≪タンチョウ、もう大丈夫だと思う。教室にいるんだろう?≫


≪ミソサザイ先生、分かりました。どこで落ち合いますか?≫


≪そうだね、タンチョウの教室ではマズいだろうから屋上の入口前で落ち合おう≫


≪分かりました。よく俺が教室にいると分かりましたね≫


≪校内を見回ってるからね。さっき机に突っ伏して寝ている君を見たよ≫


≪居眠りしてしまいました。体調は万全です≫


≪分かった。じゃあ、落ち合おう≫


≪はい≫



 タンチョウは視線の主をミソサザイかと考えた。だが、ミソサザイが本当に教員なら彼が視線を感じて廊下に出た際にその姿を見ていなければならない。なのにその姿はなかった。


 だが、ミソサザイとのやり取りを終えるとその視線の感覚は消えていた。感じていたのは間違いない。タンチョウは自分の感覚を信じている。


 そしてミソサザイと会う事を楽しみにしながらゴーグルが入った袋を持ち上げると屋上へ向かうために教室の灯りを消して出て行った。


 出た途端にタンチョウはヒヤッとする冷たい風が首筋をなぞったのを感じた。


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