エンディング
ズドドドっと音を立てて現れたハルピュイアのような女性達は、今、さやかと共に嵐のごとく去っていった。印刷所か、印刷所のそばのファミレスに行くんだと。
マシンガントークをしながらもささっと打ち合わせをする合間に、俺と西浦先輩に微笑みかけ、
「今度、お絵描き大会をしましょうよ」
「もう、西浦くん、すごくセンスあるもん、うわぁ何これ、すごいじゃ〜ん、さやか、この扉絵」
「あ、それはね、こーちゃんのアイディアなの」
「きゅんとするね〜!チョコをおねだりしているみたいなところ、すごく可愛く描けてる♪」
と盛り上げてくれたりした。
俺はそうっとその絵を覗いてみたけど、なんか俺は校則で禁止されているパーマをかけているみたいになっていたし、西浦先輩はストレートのロン毛のヘアスタイルで、耳が尖っていて、瞳もなんか冷たい感じになって、そして服を着ていたはずの先輩まで上半身裸になっているみたいだった。
ホワイ、オタクピープル?
で、俺もなんで1人でチョコが食える年齢になっているのに、他人様にチョコを食べさせてもらってる演出が出てくるのかわからなかったが、聞くところによると、悪魔に俺は囚われてふんじばられてむしられた、かわいそうなヤツなのだそうだ。
さやかには、俺がそういう風に見えてるんだろうか…?
先輩の絵もちらっと見た。
伊東さんという美人の看護師の女の人に、西浦先輩が絵を渡してとても感謝されていたのだ。その絵はきれいに着色されていて、銀色の鳥かごの中に閉じ込められている少女のモチーフとかがあり、ドラマチックできれいだった。じっくり見せてもらいたかったけど、ほんとにドタバタのスケジュールらしく、あまり見ることが出来ないまま、持っていかれたのが残念だった。
「ごめんね、あまね。お母さんが買い出しから戻ったら、僕が車でちゃんと送るから」
西浦先輩のお母さんが、車に乗ってスーパーかどこかに行ってしまった後だったのだ。
「いえ、もし良かったら近くの駅まで教えていただければ、電車で帰りますけど」
「こんなとこまで来てもらって、それに確かあまねの定期が使えないエリアだったから、悪いよ。もう少しで帰ってくると思うから。
さっきのみんなに乗せてもらわない方がいいと思って引き止めたんだけど、悪かったかな?」
「あ、いえ、むしろ…助かりました。すみません」
とにかく、ハイテンションな女性に囲まれることには、全然慣れてないから、助かった。
でも、俺は西浦先輩と2人だけになってしまい、嵐が去った後みたいに妙に静か過ぎて、何をどう話していいか、分からなかった。ま、まぁ、以前のように、後輩は先輩の話に返事をきちんとすればいいだけ、だけど。
いきなり、先輩が「あ!」と何かを思い出した。
「あ、そうだった。
一個、あまねに訂正しておかなければならないことがあったんだ。
あのね、ミケランジェロのダビデ像の件、なんだけど。
アレがセミヌードと言うのは、嘘だからね、よそでそんなことを言ったら恥をかくからね、ごめん」
なんだ〜、やっぱり俺は騙されていたのか。
「なんだ、やっぱりそうだったんですね」
「うん、本物はオールヌードで堂々と立っている」
「あ、あそことかも隠さないで?《Rなんとか》という規制なしで?」
「うん、勇者として普通に立ってる。良い身体をしてるけど隠さないで。というか、隠すという発想からは無縁だね」
「ずっとそのまま立ってるんですか?」
「彫刻の像だからね、かれこれ500年くらい」
うわぁ…。お気の毒…。
「ま、芸術だからね。あ、僕はさっき描いたイラストのてこ入れをしているから、のんびりしていていいよ。漫画か本か何か読む?」
「あ、いえ。あの、良かったら、一度スマホのゲームを覗いても良いですか?」
「あ、そうか。どうぞ。忘れてたよ。
イベント中なのに、僕たちに遠慮していたんだよね。順位は大丈夫かな?」
「はい、ありがとうございます」
俺はお礼を言って、慌てて覗く。
流石に95万ポイントを積んでいたから、ランキングは落ちたけど、15000位以内にはいた。
「あ、大丈夫でした。これなら…総合報酬を貰えるのが確定しました」
「ふーん、良かった」
「ということで、あの良かったら、もう少し何かお手伝いをしますか?」
「うーん、じゃ、あまねの話が聞きたいな。前説の騎士オーノの話だよ。さっきは長くなり過ぎたら、さやかを混乱させるといけないと思ってスルーしたんだけどさ。
あまねは騎士オーノをどうしても助けたかったみたいだったから、あそこからどういう風な展開に持っていくか、すごく興味があるんだ。
あの分岐テンプレとしては、ルール上、どちらか1つを引くという約束前提なので、『両方の扉を開ける』もしくは『両方の扉を開けない』という分岐を書く作家さんはほとんどいないと思う。皆無とは言わないけど。
でも、僕達は数学で赤玉やら白玉やら取り出すことをしょっちゅうやらされてるわけで、そうするとその分岐も『有り』だし、考えてみる価値はあるよなぁ?」
「は、はい…」
俺はちょっと考えてから、話を組み立てる。
「ちょっとRPG仕立てで考えるのはどうでしょうか?
たぶん2つの箱の扉を開ける係が数名、自分と同じように競技場に残っているはずだと思います。
それはたぶんごくわずかな人数だけど、騎士オーノのように地面に立つんじゃなくて、両方の箱の上の方にいるはずです。虎が出てきてしまったら、そいつらも死んでしまうのですから。
この状況下の騎士オーノと同じように、命も惜しんでもらえない罪人か奴隷かもしれないけど、それなら自分より弱いかもしれないし、王に対する忠誠心も薄いかもしれないですよね」
「精鋭部隊は、すぐそばにはいないと考えたんだね」
「はい、どちらかと言えば、騎士オーノのことよりも、円形競技場の警備をきっちりしないといけないんです。
虎や騎士オーノは、絶対に逃がさない方向で。さやかが考えたように弓兵を多数、それから重量級の斧や槍で闘える兵を置く。だが、そばには置かない。遠巻きにしてるはずです。
オーノは騎士でまあまあ強いわけだから、そばの、箱の上にいる雑魚兵なら1人ででも勝てそうな気がするんです。
だから、まずは取り引きを持ちかけて『正解を教えろ』と交渉して貰いたいんですが。でも、それは上手くいくかどうかというと…あまり見込みのない気もします。
彼らは、今まで割と高い階級にいた若い騎士なんかと取引きするよりは、自分も巻き込まれて死ぬかもしれないけど、騎士オーノが引き裂かれるのを見たいかもしれないので。
うーん、どうしようかな、まずは箱に近づいて自分がよじ登ることにします。そして、彼らを全員地面に落としてから脅す方向で。
彼らが教えてくれないのなら、当てずっぽうに片方の扉を開けます。それが女の子ならそちらをすぐに閉めて(その方が安全だから)、もう片方をすぐに開けます。虎が数人喰ってる間に逆方向に走って逃げる、どうでしょうか?
これが両方、扉を開けてみる方ですね」
西浦先輩は、何かを一生懸命描いていたけど、手を止めて言った。
「さやかの考えたように矢ぶすま、で終わりそうだと思うけどな。
あと、騎士オーノは、虎を競技場になぜ出してしまったんだ?」
「観客や警備兵の下っ端なら、虎が放たれたことに怯えてパニックになるかもしれないからです。自分だけが逃げていたら、向こうはターゲットを騎士オーノだけに絞れる訳だし。少しでも自分に向かって放たれる矢の数を減らしたいと思うんです」
「後ろから虎に襲われるかもしれないのに?」
「虎も動物だから、狩をする時に先ずは自分に近い獲物、弱い獲物、つまり狩りやすい方から狙うと思うので」
「それで、自分より弱そうなのを全員落っことしておくのか」
「あとは、昨夜わざわざ来てくれた巨乳の侍女さんにお願いして、獣の嫌いそうな匂いを持つ物を袋に差し入れてもらっておいて身体に塗りたくるとか。やはり、まずそうな獲物なら、虎に後回しにして貰えると思います」
「なるほどね」
「自分の母がゴミ捨て場でカラスに生ゴミをつつかれるというんで、殺虫剤を袋の中にも外にもスプレーしてみたら、きみ悪がって寄ってきませんでした」
「そうか、それはいいな。じゃ、もう一つの方の『両方の扉を開けない』というのは?」
「それは、あまり好きじゃないけど、やはり簡単なのは最悪エンディングに持っていくスタイルかと。
いろいろとシミュレーションをしてみても、結局は嬲り殺されそうなエンディングしか残されていないのなら。
自分に絶望したまま、扉の選択なんかしていないで、日本の切腹みたいに死にたいかな。
結局、自分の死を見せ物にされるよりはマシな気がするんですよ。
王も側室ミランダも観衆も、結局は野次馬なわけですよね。
だから、そっちに強制された選択なんかわざとしないで、切腹みたいなことをする。武器は、返してもらえてるから、自分で死んで、せめてそいつらに自分の痛くて惨めなところを笑う楽しみを与えないようにするんです」
「なるほど〜」
「あの、質問してもいいですか?
西浦先輩が騎士オーノなら、どうしますか?」
「え?僕?
…そうだなぁ、あまねの設定に従うと、そばにいるのは雑魚兵なのだから、そうだなぁ、槍か何かを持って、双方の扉を順番に殺気を込めて叩くかなぁ?
まぁ、チッパイの侍女は声を出さないように猿ぐつわをされているかもしれないけど、虎はさすがに猿ぐつわをされたりはしていない。だから、扉をドスドスやって、中からうなるような音や声が聞こえてくる方が、虎の入っている方だと思う。
そう、誰も条件に《扉を開ける前にノックしてはいけない》とは付けてないのでね」
あははは…ほんとだ。俺ってほんとにバカだ。くそー。
「めげないで、あまね。
今、僕が言ったのは正解なんかじゃないよ。古今東西の小説家は、そんな簡単な逃げ道で終わらせるってことは少ない。正攻法が一番いいんだ」
と、西浦先輩がフォローする。
「あまねのテニスを見ていると、ほんと正攻法でフェアプレーで。決め技が乏しいから、どちらかというと、自分からゴリ押ししていくテニスじゃなくて、やられながら必死になって起死回生の策を考えながら試合をしているもんね、ほら、こんな感じ」
西浦先輩が手招きをするので、俺は先輩が絵を描いているそばに寄っていった。
これは、この絵は…。
俺が秋の大会でお腹あたりを狙うボディショットを食らって、ラケットは一応そこに用意してあったから、のけぞりつつ、ロブボレーをして凌いだところの絵だ。
そう思う。
ただし、絵の中の俺はラケットを持っていなかった。
歯こぼれして、敵の血が付いている剣を持ち、のけぞって相手の一撃をかわしているところだ。敵の方はまだ描かれていない。左斜め上の大きな空間に描かれる予定なのだろう。俺の脛やそこかしこの傷から、いく筋も細く紅い血が流れ出ている。足元には折れた槍が転がっていた。
「勇者っぽく描こうと思って。描き上がったらあまねにプレゼントしようかな。どう?」
「え?ほんとですか?嬉しいです!家で飾ります、先輩」
「なんかリクエストがある?敵は虎がいいとかヒグマが良いとか?」
「いえ、別に…。嬉しいです。絵ってすごいですね。夢というかフィクションというか。さっきのさやかの絵も自分じゃないし、この絵も、これが本当に自分だったらと思うけど、違うし。でも、勇気が出ました」
「あまねはもっと自信を持って良いと思うんだけど。この時の試合も勝ったんじゃないか。相手ペアが優勝候補ですごい圧をかけてきてるのに、可能性を求めて粘り続けてたから、あまねを良く知らない人まで応援してたよ。とりあえず、あまねの良いところを描こうとしてるから、完成を楽しみにしてて」
「ありがとうございます。先輩、もしも暇だったら、大学のお休みの時に部活に来てください。みんな喜びます!」
「ありがとう、あ、そうだ。
じゃ、最後にそれで分岐と選択の話をしよう」
え?また?と俺は思う。
「あまねが後ろを向いている時に、さやかが僕のじゃまをして、いたずら書きしてあったカードがあるんだ。ほら。
テニスではゼロをラブって読むかららしいんだけど。
ふふっ、判じ物のつもりかな」
『校庭200周』の上に取り消し線があり、『皇帝2ラブラブ周』と書かれている。
先輩は、青い箱の上に『チョコレート』を、赤い箱の上にその『皇帝2ラブラブ周』を置いた。
俺は、なんとなく意味がわかったけど、先輩は気づいているのだろうか?
(この話は、Aで囲まれた部分、もしくは、Bで囲まれた部分で終わります。)
AAAAAAAAA AAAAAAAAA AAAAAAAAA
「さ、あまねはどっちを選ぶ?」
「先輩、カードが見えたまま、選ぶんですか?」
「うん、そうだよ。『どっちも選べませ〜ん』は無しね」
「もしかして、ギャグ風に回答しろとかまじめに考えろとかあるんですか?」
「うーん、それも含めて良く考えて選んで欲しいな」
どうしよう。どっちを選べば良いのかな。どっちが『当たり』なんだろう?
AAAAAAAAA AAAAAAAAA AAAAAAAAA
BBBBBBBBB BBBBBBBBB BBBBBBBBB
「さ、あまねはどっちを選ぶ?」
「先輩、カードが見えたまま、選ぶんですか?」
「うん、そうだよ。『どっちも選べませ〜ん』は無しね」
「もしかして、ギャグ風に回答しろとかまじめに考えろとかあるんですか?」
「うーん、それも含めて良く考えて選んで欲しいな」
「あの、さっきみたいに僕の選択の前に《誰かのおすすめ》は介在しないんですか?」
「ここに第三者はいないからね。僕がどちらかのおすすめを指し示すと、すなわち僕の、《あまねにこちらを選んで欲しい》というのが明らかになるはずで。
君は、それを知りたいの?それとも知らないままでいたいの?」
どうしよう。どっちを選べば良いのかな。どっちが『当たり』なんだろう?
BBBBBBBBB BBBBBBBBB BBBBBBBBB
お付き合い頂き、ありがとうございました。
怖れていた通り、2月15日にズレ込んでしまった、バレンタインストーリーでした。