バレンタインデー3日前。とりあえず美味しいチョコを2粒貰いました!(……嘘はついてない)
この章では、『もしかして、BLなのか?』という思い込み?みたいな話が出ます。
本物というよりは、思い込みなんで大丈夫と思うのですが、どうしても受け付けない方は☆☆から★★までを飛ばして読んでくださいませ。本物ファンの方には、期待ハズレをお詫び致します。
うちの高校のテニス部は、一応強豪と言われている。そして練習もきついが、それよりも伝統的に礼儀には厳しかった。試合会場でもうちの部は目立っていたらしく、大人の人には受けが良かったけど、周囲ののびのびとした校風の他校の人間からは、《かわいそうなコメツキバッタみたいな奴ら》と言っているみたいな目でじろじろ見られるのが常だった。
俺たちが一年生の頃の三年生の先輩は、俺たちにとっては神に等しかった。こちらから、質問とか意見とか言えるわけもなく、「はい、先輩!」と答えるのが基本ルールである。というわけで、一年ぶりだろうが、大学生っぽく私服で車を運転してニコニコと目の前に現れようが、先輩は先輩なのである。
「良かったよ、あまねの身体が空いてて。久しぶりだというのに。急に呼び出して悪かったね」
「あ、いえ、全然です、先輩」
「ちょうど良かったんだ、一石二鳥ってヤツだね。
僕はあまねに、絵のモデルを頼みたかったんだ。
もともと趣味でね、絵を描くんだよ、僕。
ほら、ミケランジェロのダビデ像とか知らない?知らないのかー。
ま、いいや、とにかくよろしくね。早く乗って」
との先輩の言葉に何も考えずに
「はい、先輩、喜んで」
と答え、言われるまま、車に乗ったのだ。どうやらみんなで先輩の家に移動するらしい。
「修羅場のさやかは、本当にひらめきが、うん、さすがだねー」
と先輩が言うと、助手席のさやかがにんまりして
「サンキュー、こーちゃん」と応える。
…。
なんか、これ、良い雰囲気っぽくないか…?
もしかして、さやかと西浦先輩は付き合っている…のか?
助手席と運転席にいる2人は、俺にはちんぷんかんぷんの、ベタ(魚?)とか名前とかの話を猛スピードで会話している。
なんだよ、そういうことか。そうだったのか。
そりゃ、突然に西浦先輩が現れても不思議じゃない。
付き合っている彼《西浦先輩》の絵のモデルを探して来いって言われたさやかが、俺をチョコで釣り上げてみた、ってとこか。
しかも、ゲームオタクだから、分岐の話を持ち出したりして興味を持たせるようにして。
なんだよ、素直に頼んで来いよ。
分岐と選択の話なんてコロッと忘れちゃったみたいな、良い笑顔をしちゃってさ。
ま、まぁ、いいさ。
幼なじみと尊敬する先輩が幸せならそれでいいし。
もっといいのは、さやかの言った、『大野の身体が欲しいって人がいて』の脅し文句が、ふつうに穏当な、『絵のモデル』という話に落ち着いたことだ。
何だよ、本気でびびっていたのにww。俺はホッとした。
ある程度2人につきあって絵のモデルをつとめた後は、お邪魔虫の俺はきっと早く帰らせてもらえるのに違いない。もしかしたら、その時に
『ごめんね、騙して。絵のモデルのお礼と言ってはアレだけど…』
と、高級チョコをお土産にくれるかもしれない。
…ていうか、くれよ。本命チョコじゃなくていいから。
なんか、さ。会話は盛り上がっているけど、仲良しの2人の幸せの後ろにアンタたちが引きずってきた、非リアの俺の寂しさをちょっとだけ気にかけてくれないかなぁって思う。
☆☆
西浦先輩が、優しく微笑む。
「あまね、どう、寒いかな…?暖房の温度を上げたけど」
「あ、いえ。あのー、暑いくらいです…ありがとうございます」
「だったら…早く脱ぎなよ。もしかして、脱がして欲しい系?」
西浦先輩が、甘い笑顔で俺に近づく。
「せ、先輩っ、大丈夫です。自分できっちり…脱げます(涙目)。脱いでみせます!」
…大変なことになった。まだ何も…俺は分岐の選択とかもしていないのに、ほとんど罰ゲーム気分だ。
ミケランジェロのダビデ像って、本当にセミヌードの勇者なの?
2人で俺を騙してない?
美術を選択していない俺には、ちんぷんかんぷんなのだが…?
「…そうかい、じゃあ、あまり考え過ぎないで、とりあえず上だけ全部脱いで。
しかし…『先輩!』じゃ、あまり色気が無いなぁ…。ムードが出ない。
うーん、僕は浩太郎だから『こう』ってどうだろう?
呼んでみて?呼びにくい?」
「いえ、自分には、先輩は先輩なんで…。尊敬する先輩をそんな風に…」
と、俺はもそもそ口ごもる。
「そうかい、今でもみんな、僕たちをそんな風に尊敬してくれているのか、嬉しいな」
と先輩が言う。
そして、…なんか…俺の上半身ヌード待ち、みたいなのは変わらなくて、どうしても帰らせてもらえるめがなさそうだったので、とりあえず脱いだ。
虎に喰われそうになったことはないが、それに近いくらいに俺は緊張している。
「ガチガチだね、あまね。…『なんでもやる』って、言ってくれてたらしいのに。
ちょっと、ポージングの注文を出していい?」
「はい、先輩」
「あまねは、可愛いな。相変わらず、一生懸命の目をしてくれて。ええと、まずは…。あ、ちょっと触るよ」
先輩が、俺のあごの下に手を伸ばした途端、俺は少しピクっとなった。もともと、他人からの身体的接触は好きじゃない(正直言って、くすぐったがりなんだってば)。
「ふふっ、ごめんね」
「あ、いえ、…すみません」
俺は、憮然とした顔付きを保って、とりあえず言う(バレませんように、俺のくすぐったがりがバレませんように)。
「いや、初めてなんだから、いいんだよ。どうしていいかわからないもんね。
もしかしてすごく感度が良いのかもしれないね、君は。
変なことはしないから、肩の力をもう少しだけ抜いてみようか。
そうそう、良くなった。うん、ちょっと上。僕の方を見て」
俺は、頭上の先輩を見上げる。
「お、良いねぇ。良い表情だよ。瞳が少し潤んでて…うん、良い感じ」
先輩は満足そうに言って、俺の頭をそっと撫でてくれる。
それから、振り返ってさやかに声をかけた。
「うーん、どうだろう、僕があまねにチョコを食べさせてみるところ、みたいなの、欲しい?」
「あ、それ、そのアイディア頂き!凄い、いいッ!さすが、こーちゃん!」
さやかはさっきから、競馬場にいるオッサンのように耳の上に鉛筆を挟んだまま、もう一本の鉛筆で猛然と、俺と西浦先輩をスケッチしていた。
「さやか、それ終わったら、小説の原稿にかかるんだよね?
ちょっと交代してくれよ?本来、僕があまねにモデルを頼んだ、はずなんだからね」
「うん、わかってる。でもね、こっちも手伝ってよ?私も本の締め切りが…。
こーちゃん、早く大野にあーんさせて♪」
「ちょっと待って。せっかくだから、あの美味しいチョコの箱を開けてあげよう♪」
先輩が、せっせときれいにラッピングされているチョコの包みを開け始める。
俺は、その隙にバレないように「はあぁ〜」と小さく息を吐いた。
ふだん付き合いの無い父方のいとこ同士だと、さっき2人から聞いたばかりだ。
なんか良くわからないが、思いがけないところでバッタリ会って、共通のオタク趣味を持つ同士として意気投合したらしい。
いや、まぁとにかく、3人全員が残念ながら非リアで、しかも俺について『オタクなんで仲間みたいなもんだ』と2人に熱心に言われ、俺は嬉しかった。なんだ、俺は仲間として歓迎されちゃったわけね?とりあえず俺はお邪魔虫ではなかったらしい。
『絵を描くのは、好き?』と先輩に聞かれて、やんわりと否定したのだが、さやかに
『塗り絵くらいは、好きよね?』と血走った目で問い詰められて、塗り絵が好きな俺に、今日からなりました。つくづく俺は、さやかに弱い。
「はい、あーん、して。ほら、あまね。もう少しで終わるから、我慢して。
さっきより、だいぶポージングも良くなってきたよ」
「そ、そうですか?」
「うん、そう。どう、オーケー?」
「ごめん、もう一回もっと甘い感じでお願い!」
「うん、じゃ。もう一度。僕に、おねだりするみたいに口を開けて。
ツバメの子みたいにさ」
優しい親ツバメのように、高級そうなチョコを俺の口に先輩が運ぶ。
とても柔らかくて美味しいチョコだから、いくらでも食べられそうだった。
「僕も、デパートで自分用にチョコをついたくさん買ったんだけど。買っておいて良かったよ。
あー、溶けちゃったね」
先輩が今の今まで、俺の口に入れていた指についたチョコをペロっと舐めた。
「さ、さやか、コーヒーでも入れてきてよ。そろそろ僕と代わって。
僕は、早くあまねを描きたいんだからさ」
「はあい♪」
さやかは、かなり満足したらしくご機嫌で、まるで自分の家にいるみたいにキッチンに行った。
「じゃ、あまね。今度は、僕のためにポーズを取ってくれる?
立って。凛々しい姿で。ガーゴイルをやっつけてから、踏みつけて」
ガーゴイル、どうやら先輩の家には、あのー、いないみたいなんですけど…。
「…うん、そこのクッションをはい、踏みつけて。
きりっとした顔でこっちを睨む。おお、あまね、さっきより全然いいよ。
完璧な睨みつけ方。怒りがふつふつと湧いているんだ、君は!」
「はい!先輩!」
いや、本当こういう方がいいです、自然に出来ます!
俺はきっと勇者の似合うタイプだと思うんで。
とにかく、俺はさやかに騙されたような気がして、今怒ってるんです、先輩。
えーと、後輩から、やたら話しかけたりは出来ないんで、さっきから無言で思念を送っているんですけど、もしかして…通じていないみたいですね、
なんか、さやかとやっぱ良く似ています、先輩。いとこ同士で変人同士だった、なんて。…本当に知らなかった。
「あまね、うーん、やっぱり、僕はあまねの脚が見たいな。
コートを駆け回っていた時のあまねの脚は、本当に躍動感があってきれいだったよ。
うん、こうなったら、いっそのこと、全部、脱いじゃおうか?」
「ぬ、脱ぎません!」
「うーん、もう3000円払うからさ、頼むよ。何もパンツまで脱げとは言わないから。
あまね、どう、せっかくそこまで頑張ったんだから。効率の良いバイトだろう?」
「え?」
もう3000円ってことは。
最初に3000円がどこかに存在していたってはずで。俺がもらえるはずの。魔法のカードの軍資金になってくれるはずの。
くそ〜!…犯人を推理するまでもないじゃないか!
「お待た〜♪ そっち終わったら、こっちのアシストお願いね〜♪」
上機嫌のまま、3人分のコーヒーを持ってきたさやかを、俺は全力で憤怒の形相で、睨みつけた。
先輩は、
「それ、その表情だよ、あまね、君はすじがいいな。
うん、あ、次はついでにソファに飛びかかった感じで。さぁ、その雄牛を屠るんだッ!それからこっちを流し目で振り返って見るッ」
「…なんで、ですか?」
「君が雄牛を屠るのに夢中になっているすきに、斜め後ろから敵が!」
つき合いきれねー。
あ、神に等しい先輩だということを一瞬忘れようとしてしまった。
やります。頑張ります。『皇帝』に逆らえるなんて思ったことは一度もないので、…。
さやかは、コーヒーを飲み終わると、猛然と絵を描き始めている。
つ、疲れた〜〜。
エンドレスになりそうで我慢の限界だったので、俺はうちの部活の規則を破って、自分の都合のことを先輩に言った。
「…先輩、すみません。あのー。そろそろコーヒーを飲みたいです…」
「うん、オーケー、あまね。そうだよね。
ごめんね、疲れたよね、君はプロのモデルさんじゃないんだからさ」
良かった。
ようやく、先輩が正気に返った。
「冷めちゃったみたいだからさ、入れ直してあげるね〜」
とさやかがそうっと席を立とうとする。
★★
おい、待て、こらー!
熱いコーヒーは欲しいッ。でも、その前に、俺に言うことあるだろう?
とにかく絵のモデルのバイト代、3000円!
きっとすぐに魔法のカードに変わるだろう、大事な3000円!
事情を全部、さやかと俺から聞いた先輩は、すごく笑った。
先輩はどのツボで、そんなに笑っているのだろう?
「つまり、あまねには事情も良く伝わっていなくて、モデルのバイト代すらまだ渡されていなかったんだね。いやもう、僕はすっかり話が通っていたのかと。
ごめん、…悪かったね」
「いえ、先輩のせいじゃないです。こ、このさやかが」
こいつって言えなかった。『皇帝』のいとこをそんな風に呼んでしまったら。
とりあえず、さやかは
「渡すの、忘れていただけよ。
ごめんね〜♪、私は修羅場で、睡眠不足なんだから」
と涼しい顔で軽く言って、僕にモデルバイト代3000円をようやく渡してくれた(中間搾取する気があったくせに)。
「それから、つまり。
あまねはまだ、その分岐の選択をしていないってことなんだね」
と、先輩が笑顔になる。
その笑顔は明らかに、チャンスボールを決めに来る時の、一番怖い笑顔だった。
「そうなの。こーちゃん、協力してくれる?
そっちはさ、文章にしたいんだけど。分岐のある小説が書きたいの」
「もちろんだよ」
そして2人は、《実験台》に良い笑顔を向けてくる。
最強のふたりが、ここでタッグを組むのか…。
「さて、しかしまぁこれはまた、古めかしく手垢の付いた分岐のテンプレを引っ張り出してきたもんだね。でもまぁ、海外や日本の推理作家が一度はやりたいテンプレだからね。
実は、その前説には、もう少し長いバージョンがある」
なんか絵の方の原稿?を完成させなくてはいけないさやかに代わって先輩が、気持ち良さそうに、前説の続きを話し始めた。
えー、牢屋に入れられた騎士オーノは、悶々として眠ることは出来なかった。次の日の朝、円形競技場みたいなところで、大観衆の見世物になり、運が悪ければそこで虎に喰われることになるのだから。
そこへ、そっと忍んで来る女がいた。側室のミランダが責任を感じ、侍女を遣わしたのだ。その侍女もとりあえず、美人ということにしよう。あ、サービスで巨乳という特徴もつける。
ありがとうこざいます。
…なんで、俺はお礼を言っているんだろう…。
侍女は言った。
「騎士オーノ様。
ミランダ様や私たちはみな、オーノ様のお味方を致したく思います。
どちらの扉を選ぶべきかを必ず探りますので、どうか耐えてくださいませ。私たちは選ぶべき方の手を挙げて合図を送って差し上げたく思います。
どうかどうか、オーノ様に神がお味方くださいますように。
もしも、私が不在でも、他の皆が手を挙げて教えてくれますから」
オーノは、心から侍女に礼を述べた。
さて、一応言っておくと、侍女が最後に自分が不在かもしれないと言ったのは、たぶん自分こそが騎士オーノの相手に選ばれると思っていたからだ。
次の日いよいよ、騎士オーノは円形競技場に引き出された。
競技場の真ん中には、扉の付いた大きな箱が2つ用意されていた。
彼は、刑吏に引き立てられるように進んだ。視線をあげると、自分と向かい合うかのごとく、正面の最も豪華な観覧席が目に入った。
玉座のようにしつらえた席にはもちろん、王がいた。王族、並びに大臣たち。側室ミランダも美しく着飾っていた。また、昨夜自分のもとに連絡係として来てくれた侍女もいた。
そう、その巨乳の美女は、騎士オーノの相手としては選ばれなかったのだ。選ばれたのは、チッパイだけど性格の良い侍女だった。
あ、ありがとうございます。
騎士オーノは、縄を解かれると、玉座に向かって深くお辞儀をした。
王が少し手を挙げて応える。全ての観衆が興奮してどよめき、そのどよめきは競技場に響き、全体が揺れるようだった。
さて、そんな中、ミランダ、そしてミランダの侍女たちはそうっと右手を掲げていた。
騎士オーノの前に、彼の武器が全て返されて置かれている。
「さ、あまね。君は騎士オーノだ。とりあえず素直に考えてみよう。
どちらの扉を選ぶ?」
「右手をあげているんだから、右の扉を開けてください」
「ふふっ、騎士オーノの前には、腹を空かした虎が現れました、とさ。
あーあ、もう一つの箱には可愛い侍女が入っていたのに。チッパイだけど」
「あ、自分…チッパイも好きです、先輩」
さやかが、俺たちの話に混ざってくる。
「何よ、2人共。とりあえず、大野は失敗。残念でした〜!」
「なんでですか?右手を掲げてみせたんだから右じゃないですか」
「良く考えてみなよ。鏡と同じなんだ。2つの箱は、競技場の真ん中にあり、騎士オーノは、扉の前にいて、正面に王族と貴族がいる観覧席があった場合なんだから」
「そ、そうか。彼女達の右手側は、オーノの左手側なのか…」
別に自分が賭けに勝った訳じゃないのに、嬉しそうにさやかが言う。
「じゃ、次に私が聞いていい?
ミランダやミランダの侍女は右手を掲げていた。…どうする?」
「今、答えを聞いちゃったから大丈夫、左の扉を開けてもらう」
「それでもやはり、騎士オーノの前に虎が現れる可能性もあるって話が多いのよねー」
「うん、そう」
2人は、にんまり笑って俺を見る。
「えっ、なんでですか?もしかしてズルで、両方とも虎が入っているとか?」
「そういうエンディングも当然成り立つよね」
「ずるいなぁ。他には、何が」
「侍女の意識、側室の意識だよ。
正解を教えてしまったら、騎士オーノは王に許しをいただけると同時にチッパイの可愛い侍女と結婚するんだ、侍女や側室ミランダは、自分たちじゃない女が騎士オーノの腕に抱かれてしまうことを考えると悔しかったのかもしれない。その『嫉妬』バージョンのエンディングは、結構人気がある」
「ちぇッ、あ、すみません。
でも結局はバッドエンドの方が人気があるんですねー」
「それにさ〜」
猛然と絵を描きながら、さやかが言う。
「将来を期待された若いイケメン騎士が、虎に引き裂かれて絶命する悲劇って、なんかロマンチックじゃない?」
「ヒドイな…そういう痛そうな絵って嫌だな」
「人気はあるんだけどね。あー、かわいそうな騎士オーノ」
と、さやかは軽く流した。
なんか、騎士オーノを救う話にならないだろうか?
俺は気がついた。
騎士オーノがRPGの勇者みたいに、死地を逃れられそうな設定を。
「でも、この場合、分岐自体はあと2つある可能性が…」
「どういうこと?」
さやかが聞く。
先輩はもう、うなづいている。
でも、答えは俺に言わせてくれた。
「どっちの扉も開けない選択肢と、どっちの扉も開けてみる選択肢、さ」
「え?あーそうか。お話になるかなぁ?」
「きっと。可能性はゼロじゃないと思うな。俺、オーノを助けたいんだ」
「ふーん、逃げようとしても逃がさないと思うな。
500人くらいの弓兵にずっと狙わせておく♪」
王様さやかさまは、騎士オーノを死なせる気が満々だった。
「それよりも、さやかの考えた分岐の話をやろうよ」
「いいね♪ 」
「あの、先輩、自分は集中しないと、ベタという塗り絵を上手く塗れない気がするんですけど」
「大丈夫、選択は一回だけだし。
AとBの箱のどちらかに当たり、どちらかに外れを入れて用意する。さやか、当たりと外れを教えて」
「当たりが高級チョコで、外れが『皇帝』」
バカ、ご本人の前で変な冗談を言うなよ。
「ここここ、校庭100周です」
「本当に?なんか普通過ぎやしないかい?」
さやかが顔を上げて俺を見た。
俺は喘ぐように、さやかに念を送る。
万一、当たりのチョコを引いても、そっくりそのままプレゼントしますんで。
先輩を怒らせるようなことは言わないで。神さま、仏さま、さやかさま。
「こうてい…あこがれのー、えーと、こうてい、200周じゃなかった?」
え?は?200?一晩かかったりしないかな?
さやかの目は、最大限ににんまり〜としていた。俺は、降参するしかない。
「あ、そうだった、校庭200周でした、先輩」
「ふーん、それはちょっと大変だし、うん面白そうだ。その時は見に行くよ」
「いえ、頑張って当たりを引きます!」
西浦先輩は、にっこり笑った。チョコの空き箱2つ(同じシリーズの青と赤の箱)と、『当たり』、『外れ』と書いたメモ紙をテーブルに置いた。
「良し、幸運を祈る。じゃ、設定を言うよ?」
「はい」
「ここに、青箱Aと赤箱Bがあるから。どちらかに『当たり』、どちらかに『外れ』を入れて、テープで封をするので、ちょっとあまねはこの目隠しをして後ろを向いて」
さやかが顔を上げて、いったんストップをかけた。
「大野、その目隠し状態で、少し口を半開きにして仰け反って」
「え?もうモデルの仕事、終わったからさー」
「バラすからね?森蘭丸の話」
「え?なになに、まだ面白い話があるの?」
「あ、ありません」
くそー。いつか何かでリベンジしてやる!
俺は2分くらい仰け反ってから、後ろを向いた。
「はい、どうぞ。目隠しを取って、この箱を見て」
青箱にA、赤箱にBと書かれた上に、きちんとテープで封がしてある。
二者択一の問題。当たりを引く確率、1/2。
「じゃあ、えーと」
と俺が選ぼうとしたら、今度は先輩がストップをかける。
「ちょっと待って、あまね。今、さやかは僕の作業をずっと見ていたからね。
一度だけ、さやかに君へのおすすめを聞いてみよう。
さやか、君は、どっちの箱をあまねにおすすめする?」
「う〜ん、じゃ、え〜と、私は、青い箱Aをおすすめって教えてあげる」
「どう、この右とか左とか紛らわしいのを排除した、親切な分岐!」
西浦先輩は、ワクワクした声で言う。
「さ、あまね。君は、青箱A、赤箱Bのどっちを選ぶ?」
…どっちだ?
どっちが『当たり』なのか?
いよいよ、分岐設定の部分まで来ました。今回、9000文字くらいの文量多目で申し訳なかったです。
この後、何と続きを4つの分岐にしようと画策しています。
完結は、2月14日にずれ込みそうです。皆さまは、主人公大野周君になって、どちらの箱を選ぶのか考えて、続きを読んでくださると嬉しいです。