今年のバレンタインは、楽しい趣向?、悪い予感がするんだけど?
今日は、2月11日。
バカほど寒い日だというのに、幼なじみのさやかに呼び出された。
午前中に部活をやってた学校に、俺がなんで戻らないといけないんだろ。
ほんと、寝坊しても走って通える近い場所で良かったよ。
A棟の図書室、進路指導室のある2階は、絶対に暖房が入っているからと言われても。
学習室代わりに使っている人たちに悪いじゃないか。
俺、全然勉強する気はないぜ。ったく、今日イベントやってるゲームのポイントを積んでいたのに。今回、総合報酬ゲットポイントのボーダー、めちゃくちゃ高めって噂なんだけど。
廊下の角で、去年俺の担任だった、杉本先生とすれ違った。
「あら、大野くん、珍しい。学習室に来たの?」
「ええ、…まぁ」
「偉い!部活との両立も頑張っているよね!先生、また応援に行くね!」
「ありがとうございます!」
杉本先生は、忙しそうだった。
3年生は補講がある休日みたいで、B棟にも人がいた。
え?赤点の人の補講と再々試験?
単位が足りないと、卒業出来ないらしい。
鬼だな、うちの高校。来年気をつけようっと。
さやかに教えられていた通り、『英語』と張り紙をしてある教室を覗いた。この教室では、とりあえず英語をやってる人ばかり座っていて、たまに英語の先生が来てくれて個別にわからないところを教えてくれたり、アドバイスをしてくれる、らしい。3年生もちらほら座っている。これからまだ国公立の受験があるもんな…。
いた。
結構真面目な顔して、勉強してやんの。
さやかの隣の席に行き、教科書を一応出していると、さやかが言った。
「ほんとに勉強する気?、私は終わったから、いつでも言って?」
「んじゃ、出ようよ。俺、お前がどうしてもって言うから、わざわざ…」
さやかが、
「ここでは喋ってもいいんだけど、英語の勉強の話しか、しちゃダメなんだからね」
と注意する。
周囲も、注意したがっていたようだ。
「すいませーん」
と俺は、小声で言って頭を下げた。
あー、廊下がいいわ、ほっとするわ。
「3時間くらいは付き合ってくれるよね?」
「うー?、うん、いいけど、用事終わったらダッシュで帰るよ?」
「なーに?また、ゲーム?」
さやかが唇をとがらせる。
「うん、走りたいから、家の無料回線でやりたいわけ。
あ、うん。でも一応、昨日だいぶ稼いでおいたから、ま、今日は。付き合うよ。
そのかわり、腹減ったら…何かおごってくれる?」
「うん、ご馳走しちゃう。あとで奢るね♪」
ご機嫌スマイルのさやかになる。さやかはとても可愛く笑う。これが、こいつの人気の理由なのかー。と変なことに俺は感心している。
俺は、普段からたぶん、さやかには甘い。
好きとか嫌いとかじゃなくて、子供の頃から泥だらけになって一緒に遊んで来たから。テニススクールも親同士が仲良くて一緒に通っていたし。半分家族みたいな親近感がある。
高校になって、
「二宮さやかって、可愛いよなぁ」
と騒がれ始め、なんか一緒にいると悪いかなぁと思って避けたりもしたけど、結局一緒にいる。
さやかが
「大野と一緒にいると、いい感じに誤解してもらって、ほんと気楽でいいの」
と言ったからだ。
付き合ってもいないけど、なんか公認の仲っぽくて。ま、今のところ、俺も誰かを好きになる予定とかもないんで、とても楽なんだ。さやかもたぶんそうなんだろう。さやかは、俺にはとにかく遠慮なくずけずけ言ってくるやつだから、俺が邪魔なら、すぐに言ってくると思う。
「……欲しい?」
さやかが、下から俺の顔を覗き込んだ。
「あ?あ、ごめん…!」
いきなりの不意打ちに慌てる。俺たちは今、入って来た方の正門ではなくて、教職員駐車場がある方の北門に向かって歩いているところだった。
「何?、何が欲しいって?」
「チョコレート。私からのやつ。ちょっと早いけど、本番の日は忙しいでしょう?」
あ、そうか、もうバレンタインか。
んー、その日って忙しい日、なんだっけ?
それはともかく。俺は、人気女子から早目にいただけるチョコを断るバカではない。
「サンキュ、悪いな、気を遣ってくれたんだ」
寒い中、わざわざ来た甲斐があった。俺の顔が綻ぶ。
そういや、昨年ももらったっけ。
「今年はね〜、うふふふふ」
少しだけ嫌な予感がした。
「なに、何かあるの?」
「趣向を凝らしてみました〜」
かなり嫌な予感がしてきた。
「選んで欲しいの。分岐よ、分岐。
どちらがいいか、選択して欲しいの」
「??…分岐?…選択?」
さやかが色々、説明してくれた。
どうやら、
「モンスターに遭いました。《たたかう?逃げる?》」
みたいなことらしい。
「何で?めんどい。フツーにくれよ、チョコ」
「昨日さー。本命っぽい美味しそうなチョコを買っちゃったの。デパートの高級チョコ。
なんか、もったいなくて、大野にあげたくなくなってきた」
「はぁ〜。…ま、気持ちは分かる。じゃ、いいよ、俺、帰る」
美味しいのを教えてくれたら、俺もそんなのを自分で買うわ。
「待って、待って〜。お願い、とりあえず分岐ごっこがしたいの」
「…めんどくせ〜〜」
聞いたところによれば、なんかどっかのサイトに投稿する小説のネタのために、俺を実験台に選んだらしい。
「仕方ないな、出来れば俺はイケメンに書いておいてくれ」
「うん、それなりに描写力をつけて、最大限に嘘を書くように頑張る。先日から、ずっと分岐ものが書きたくて書きたくて、飢えてるみたいになってるの」
オタクの気持ちは、俺も良くわかる。
「わかった、とりあえず、俺はうまく選んだら、ご褒美のチョコがもらえる訳ね?」
「うん、そう」
「《Aか?Bか?》早く選択肢を示してくれよ」
「わかった、じゃとりあえず前説から」
「は?前説?
お前の小説って、絶対にテンポの悪いやつだろう」
「えぐらないで。評価ポイント、全然貰えないの」
と、さやかは泣きそうに言った。
「ごめん、じゃ、大人しく前説をお聞きするんで」
「うん♪」
昔々、あるところに王様の側室がいて、とても美人でした。
どんな美人?
とっても、とりあえず、究極に美人でした。
お前、小説を書く趣味、ほどほどにしておけよ?
うん、最近めげまくってる。たぶんそろそろやめる。
続き、続きー。
王様のそばに仕える、若き近衛騎士、めちゃくちゃイケメンの騎士オーノは、王様を探して私室に探しに来たのですが、側室、えーと名前、必要かな?
恋に落ちる予定なら、ロマンチックなヤツにしてくれよ。
ミランダにしておく。
ありがと。出来れば、ボンキュッボンで。
それ、名字にもしておこうか?
いらねー。
王は不在で、王の側室の中でも最も美しいミランダが、侍女を下がらせて自分で騎士オーノを出迎えました。
「ミランダ様!」
騎士オーノは慌てて膝まづき、お辞儀をしました。美しいミランダ様の前で、みるみるうちに彼の顔は赤くなりました。
「ごめんなさいね、オーノ。今、王はノー(不在)です」
ダジャレ好き…?
あ、ごめん。
「ごめんなさいね、オーノ。王は今しがた、新しく入った馬をご覧になりたいと出かけられましたよ?」
「はっ。かしこまりました。早速、馬房に向かいます」
「待って。…わたくし今、とても困っているの。貴方がそばにいてくれてちょうど良かったわ」
「はい!わたくしでお役に立てれば幸いでございます。なんなりと…」
側室ミランダは、以前から若い超絶ハンサムな騎士オーノに好意を抱いていたので、チャンスとばかりに、そのまま彼をそばに呼び、誘惑し始めました。
胸が痛むと言って、ドレスの上から胸の辺りを触らせて、そのまま彼の腕の中に倒れ込み、
「お願い、わたくしを…」
で、そこへ王が戻ってきました。
戻ってくるの、もう少しだけ遅くしてもいいんじゃない?ケチ。
R15なんで。ごめん。
王は、大変怒りました。他の近衛騎士達が、あっという間に騎士オーノを取り押えました。
ですが、騎士オーノが真面目に
「今、ミランダ様がふらついて倒れ込んだだけです」
と言うので、王は許してやるチャンスを与えてやろうと思いました。
「わかった。神に決めてもらおう。
明日、お前を刑場に引き出す。お前は、用意された2つの扉のどちらかを示せ。扉の後ろに2つの物を用意しよう。
1つは、王宮の中で仕える侍女の中でもお前と娶せるのが良いと思われる者だ。そなたには、わしも目をかけていたからのう、ずっとお前にふさわしい可愛い娘を探させていたのだよ」
騎士オーノは、感激して深く頭を垂れてかしこまりました。
「もう一つの扉の後ろには、先日、生け捕りにしたばかりの人喰い虎を入れておく。
ふだんのお前の勇猛さを発揮してくれ。扉を選ぶ前に、そうだな。いつもの武器を全てお前に渡すように刑吏に頼んでおく。
神がお前をお許しになるのなら、きっと幸運が訪れよう」
騎士オーノはかしこまったまま、絶望感に打ちひしがれました。オーノを取り抑えていた騎士たちも、王の怒りの大きさを知りました。
先日、その人喰い虎を生け捕りにする時は、数週間かけて罠を用意して体を弱らせる薬を使い、20人がかりで行っていたのです。確かケガしてその傷が悪化して死んだ者もいました。
ちぇっ。なんとなくわかってきた。
じゃ、俺、今から…チョコを選び損ねたら、虎と戦うの?
「ううん。残念ながら、虎は用意出来ないので。チョコかお稚児さんかどっちか」
「お稚児さんと戦うの?七五三の?俺、チート過ぎじゃん」
「違う…。お稚児若衆もの。わかる?男色のこと。大野の身体が欲しいって人がいて」
「はあぁ?」
俺は思わず叫んだ。
「大野、先日、森蘭丸に感激してたじゃん。なるんだったら、信長よりそっちが良いって」
「言ったけど。いや、なんでそういう意味に…」
「私、書くことの幅を広げたいなと思って、そろそろ18禁物にトライしたくて、さ。
リサーチっていうか」
「あのさ、そういうのを良く知ってる人とかいないの?」
「大野、誰か心当たりがある?」
「うーん…」
「でも、とりあえず、相手は大野の好きな人だよ。『皇帝』!
大野、もの凄いファンで、卒業した時、オイオイ泣いたじゃない。もう一度会いたいって」
「…確かに」
『皇帝』というのは、テニス部の西浦先輩のあだ名(?)である。昨年卒業して、確か東京の有名大学に行ってしまったはず。
西浦先輩がいきなり来るわけないじゃないか。ばかめ。
「ふふん、西浦先輩なら嬉しいよ!」
俺は、笑って虚勢を張った。さやかめ、俺のオタオタ顔をさっきから嬉しそうに観察していたけど、がっかりするがいい!
「チョコか?西浦先輩か?って選択なら、どっちも大当たりじゃん。俺、蘭丸でも信長でも秀吉でもなんでもやるよ」
ふふん、騙そうったってそうは…。
さやかのスマホに着信が入った。
「うん、うん。駐車場にいるよー。大野も今すごく喜んでる。3時間くらい大丈夫みたいだよ。うん、ちゃんと説明したよ。大野、なんでもやるって!」
「……」
なんでも…。はい、バカだから、今言っていたけど。まさかの、嘘だろう?
駐車場に一台の車がすーっと入って来た。
でもね、西浦先輩のテニス、本当に凄いんだよ。
どんなに弱い相手(俺とか)でも全力で、一球目から打ちのめすような球を打ってくるんだ。片手のバックハンドストロークは、まるで刀でこちらを斬ってくるように迫力があって、きれいなフォームだった。
そして、とにかく圧倒的に強い。
コートをずっと走らされて両足を攣って倒れ込んだ俺に言った。優しい笑顔で。
『闘わずに勝つ、くらいじゃないとね。テニスはね、相手に諦めさせた方が勝ちなんだよ。
でも、お前は偉いね、あまね。
全然、僕からポイントを取れる目がないのに。
必死になって走るから、さっきアウトミスしちゃったよ。やられたなー。
もう少し打ち合いたかったのにね、もう…ダメなのかい?』
あ、申し遅れたけど俺の名前、「周」と書いてあまねと読むんだ。その頃、テニス部には大野が3人いたので、名前で呼ばれていたんだ。あー、そんなことより!
神さま、いつもは特に頼みません。
ですが、今年だけは、チョコを当てさせてください、お願いします。
俺の危機なんです!貞操の危機!
はー、バレンタイン前だというのに。何、この高難度の無茶ぶり…。
高級チョコレートか?罰ゲームか?
ま、確率は1/2。楽勝じゃん、ガチャの限定当たり率を考えたら。
ようは、勝てば良いんだよな?
さやかは自分の無茶ぶりを、俺が逃げずに受けて立ったのがよほど嬉しかったのか、めちゃ可愛く笑って近づいてくる西浦先輩に手を振っていた。