みゆきからの手紙
最愛の人が、病室で徐々に衰弱していく姿を見るのは、真綿で首を絞められるような気分だ。それでも、みゆきは、俺が顔を出すと、健気に笑ってくれる。
「今日は、空気が刺すように冷たいよ」
「明日は、雪が降るかもしれないんだって」
「バイト先でインフルエンザが大流行中なんだよね」
病院にこもりきりのみゆきに、少しでも外の世界を感じて欲しくて、色々な話をした。
「修くん、気をつけてくださいね」
みゆきの返事は、いつも俺を気遣う言葉だった。
街にクリスマスソングが流れると、一気にクリスマス気分が盛り上がってくる。行き交うカップルたちは、寄り添いながら、クリスマスの予定を話し合っている。
もし、今、サンタクロースに願うなら、間違いなくみゆきの延命だ。死神でダメならサンタクロースに頼んでやる。
だけど、俺の前にサンタクロースが現れることはなかった。死神と取引するような悪い子の前、現れるはずなどない。
クリスマス当日。
俺はみゆきのために、苺のショートケーキを買って行った。苺が好きだというみゆきを驚かせるために、奮発して白い苺のショートケーキにした。
「わぁ、すごぉい。白い苺なんですね」
「そうだよ。珍しいでしょ」
「また修くんに無理させちゃいましたね」
「そんなことないよ。さぁ、早く食べてみてよ」
「でも、修くんの分がないですよ」
「俺のはいいんだよ。みゆきのケーキなんだから」
「何だか申し訳ないですね」
「気にしなくていいよ」
俺は白い苺をフォークで刺して、みゆきに食べさせてあげた。
「うん。ちゃんと苺の味がします」
「あはは。何だと思ってたのさ」
「うーん。意外とリンゴ味かなぁとか」
みゆきの天然さは、いつでも変わらない。2人で声をあげて笑った。
「このクリーム、美味しいです」
「でしょ?人気のお店のだからね」
「ありがとうございます」
ケーキを食べ終わると、みゆきが口づけをしてきた。今日のキスは、生クリームの味だった。そして、この口づけがみゆきとの最後のキスになった。
3日後。バイト明けて寝ていた俺のスマホに、みゆきのお母さんから電話があった。みゆきが、意識不明になったという。
俺は飛び起きて、病院に駆けつけた。病室には、みゆきのお母さんと妹さんの姿あった。
みゆきは酸素マスクをつけ、寝ているように見える。
「先生の話では、このまま意識が戻らない可能性もあるみたいなの」
お母さんが俺に説明してくれた。妹さんは、泣いている。覚悟はしていた。それでも、いざとなると、やはり受け止めきれない。多分、お母さんがいなかったら、みゆきにすがって泣いていただろう。
年が明けて、すぐ。俺が告白して、ちょうど半年後。みゆきは天国へと旅立って行った。最後は苦しむことがない、安らかな最期だった。
告別式の後、みゆきのお母さんから、手紙を受け取った。みゆきが、自分が死んだら渡して欲しいとお母さんに託していた手紙らしい。
俺は斎場の片隅にある椅子に座って手紙を読んだ。
「修くん
この手紙を読んでるということは、私はもう死んでしまってるんですね。でも、どうか悲しまないでください。
こんな手紙を残すなんて、何だか映画か小説のヒロインみたいですね。でも、私は彼女たちみたいに素敵な手紙は書けそうにありません。
修くん、死にたくないよお。
修くんの側に、ずっといたいよお。
修くんと、ささやかだけど幸せいっぱいな家庭を築きたかったよお。
共働きしながら、男の子と女の子の兄妹を育てて、日常の些細なことに一喜一憂して生きたかったです。
でも、それは叶わない夢になってしまいました。
他の誰かと幸せになってくださいなんて、絶対に言えません。
私は修くんのことが大好きで、大好きでたまりません。
だから、他の誰かと幸せになってる姿なんて考えたくありません。
ごめんなさい。
修くんは、絶望して灰色の世界に生きていた私を光ある色彩溢れる世界に連れ出してくれました。
渋谷で見た映画も、チアキ先輩の試合も、水族館もすごく楽しかったです。
修くん、あなたは素敵な男性です。
どうか自信を持って生きてください。
そして私を愛してくれたのと同じように、自分を愛してあげてください。
修くん、私は幸せでした。
修くん、ありがとうございます。
少しで良いので、私のことを覚えておいてください。
修くん、私はあなたの味方です。
いつまでも側にいます。
見守っています。
並木みゆき」
途中、文字が乱れていた。最後の方は、乱れも大きくなっている。無理して書いたに違いない。
涙が止まらなかった。
半年後。
俺は作業服に身を包み、机に座っていた。俺は、チアキ先輩が社長に推薦してくれたおかげで、社長から事務所を任されていた。肩書きは主任だ。
まだまだ勉強中だけど、充実した毎日を過ごしている。
月々の給料から、チアキ先輩への返済をして、みゆきのお母さんにも仕送りをしている。生活はぎりぎりだけど、特に不満はない。
チアキ先輩は、総合格闘家を引退して、今はお世話になっているジムでトレーナーをしている。チアキ先輩を慕ってジムに入門する生徒もいるようだ。
ただ指導に関しては、あの性格なのでお世辞にも上手いとは言えない。名トレーナーへの道は、果てしなく遠そうだ。
西野は、相変わらず、あの会社で働いている。元々、頭がいいので、今では社内でかなり重要な仕事を任されているらしい。
チアキ先輩とは、まだ付き合っている。秋には挙式するらしい。今度は俺が2人を祝福する番だ。
「主任、そろそろ出ないと間に合わなくなりますよ」
事務の女性が声をかけてきた。
「あ、わかった。すぐに出るよ」
書類が散乱する机の上。その片隅に、ガラス製の写真立てが立っている。その中には、純白のウエディングドレスに身を包み、微笑んでいるみゆきがいる。俺は、いつものように写真立てに手を当てた。
「じゃあ、行ってきます。みゆき」
写真立ての中のみゆきが、「いってらっしゃい」と笑った気がした。




