鈴木の名刺
家まで帰る途中に、国道をまたぐ歩道橋がある。その下には、横断歩道があるため、滅多に人が通らない歩道橋だ。
俺はいつも、ツライことがあると、この歩道橋の上に来る。眼下を行き交う車を眺めながら、いつここから飛び降りてやろうかと考えるのだ。
ライトを灯して走る車の流れは、とても美しい。ドラマのワンシーンならば、絶対にヒロインの女性に告白するシチュエーションだろう。でも、今日は、そんな綺麗な景色でさえ、灰色にくすんで見える。
留年は確定してしまった。バイトもクビになった。今日1日で、何だか全てを失った気がする。
でも、俺は何も悪くない。卒論だって、不可になるはずはなかった。教授と話し合いながら、計画的に進めてきたつもりだ。途中段階での評価も上々だった。
バイトの件もそうだ。あのじいさんが、俺への腹いせに杖で足を引っかけたんだ。あの時、俺の足は何かにつまづいた。そんなものは何もなかったはずなのにだ。
思い出しただけでも、悔しくなる。「何で俺ばかり……」という思いが込み上げてきて、止まらなくなる。
いっそ、死んでしまおうか。そんな考えが頭をよぎった。ここから飛び降りれば、楽になれる。
その思いは、どす黒い粘度を持った何かのように、アッと言う間に頭の先から足元までも覆いつくしていった。
ふらりと歩道橋から、身を乗り出しかけたその時だった。ズボンのポケットが、ほんのりと光っているのに気がついた。
ポケットに手を突っ込んでみると、何か紙切れのような感触があった。取り出してみると、それは鈴木からもらった名刺だった。
確か、鈴木の名刺は、部屋のテーブルの上に置いてきたはずだ。ポケットに入っているはずはない。
まぁ、死神の名刺なんだから、何があっても不思議ではない。
そっか、まだ諦めるには早いな。俺には、まだ最後の手段が残っていた。
俺は鈴木の名刺を握りしめて、家に向かって走りだした。