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兄貴

「で、何の用だ、修?」


 鈴木が去った病室。チアキ先輩と2人きりになったところで、おもむろに声をかけられた。


「あ、あの。チアキ先輩の検査結果が出たって西野から聞いて……」

「そうか」

「網膜剥離だって……」

「あぁ、そうだ」


 それ以上は、何も言えなかった。沈黙の時間が流れる。


「それで、俺のことが心配で、見舞いに来てくれたのか?」

「そうです」

「嘘をつくんじゃねぇよ。顔に書いてあるぞ」

「エッ……」


 思わず、両手で顔を触ってしまった。


「今にも死にそうな顔してるじゃねぇか。少なくとも、入院してる俺の方が健康的だぜ」


 敵わない。この人は、何でもお見通しなんだ。だから、あれだけ大勢の人に慕われるんだ。俺もそんなチアキ先輩が大好きだ。


 正直に話そうと思った。そう思っただけで、涙が止まらなくなった。しゃくりあげながら、つまりながら、俺はみゆきのことをチアキ先輩に話した。


「そっか、みゆきちゃんがねぇ。余命が半年だとはね……」


 さすがのチアキ先輩も、驚きを隠せなかったようだ。


「で?」

「エッ?でって……」


 チアキ先輩は、何か考えているように、少し俯き加減で、俺の目を真っ直ぐに見てきた。


「みゆきちゃんの余命が半年なのはわかった。それで、お前はどうするんだ?このまま、半年、泣いて過ごすのか?」


 厳しい一言だ。でも、その一言は、雷のように俺を貫いた。そして、もやもやと曇っていた俺の胸の内を明るく照らしてくれたのだ。

 俺は涙を拭いて、顔をあげ、チアキ先輩を見返しながら答えた。


「残りの半年間、みゆきに幸せだって思わせてやりたいです。俺にしかできないことだと思います」

「そうだな」


 チアキ先輩な、優しく笑ってくれた。


「でも、そのためにはお金が……」

「はっはっは。金なら俺がなんとかしてやる」

「エッ?チアキ先輩、お金あるんですか?」

「ねぇよ。あったら、バイトなんかしてねぇ」

「じゃあ、ダメじゃないですか」


 こんな時に、何の冗談だろう。少し腹が立った。


「ばぁか。俺は金はないけど、頼りになる仲間たちが沢山いる。できねぇことは、何もねえと思ってるよ」

「アッ……」

「まぁ、金のことなら心配すんな。でも、金は貸しだからな。何年かかってでも、お前が働いて返せよ」

「わかりました」


 チアキ先輩につられて、俺も笑った。やっぱり、この人は俺の頼りになる兄貴だと思う。この恩は必ず返すと心に誓った。


「あ、じゃあ、俺、ちょっと行かなきゃいけないんで……」

「なんだよ、見舞いはどうしたんだよ」


 チアキ先輩は、ニヤリと笑っている。


「ごめんなさい。また日を改めて……」

「おう。気合い入れて行ってこい」


 俺はチアキ先輩の病室を飛び出した。多分、チアキ先輩は、俺がどこに行こうとしてるのか気づいていたんじゃないだろうか。鈴木みたいに、心が読める人だ。でも、鈴木みたいに冷たい感じはしない。


 病院を出て、走るスピードを上げる。夕陽に照らされ、オレンジ色に染まる並木道。行き交う人の合間を縫って、俺は走り続けた。

 目指すは『Blue Note』。みゆきの元に一刻も早くたどり着くために、走り続けた。

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