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検査結果

 ひとしきり泣いたあと、俺はみゆきを家まで送って行った。その間、会話はない。何か言わなくちゃと思うんだけど、言葉が形にならなかった。


 その日のバイトは、自分でも何をしたのか、よく覚えていない。ただ、今まで身についている感覚だけで、仕事をこなしたようだ。

 俺の様子に、社長が心配して声をかけてくれた。


「並木くん、今日は元気ないけど、大丈夫かい?」

「あ、すみません。大丈夫です」

「ホントに?大丈夫そうには見えないけど……」


 全然、大丈夫ではなかった。みゆきが余命半年だったというショック。それに自分の意思だと思っていたことが、鈴木たちの仕業だったというショック。

 もう何が真実で、何を信じたらいいのかがわからなくなっていた。


「ツラかったら、2、3日休んでもいいんだからね」

「ありがとうございます。大丈夫です」


 社長は、どこまでも優しかった。でも、この人も、もしかしたら鈴木と取引をしているかもしれない。それで会社を大きくしたのかもしれない。そう思うと、素直に受け入れられなくなっていた。


 バイト明け、家に帰っても、全然、眠れなかった。だから、久しぶりに、ホントに何年ぶりかにお酒を飲んだ。

 色々な考えが頭の中をぐるぐると渦巻いていたけど、お酒を飲むと目まで回ってきた。そして、トイレに駆け込むと、思い切り吐いた。


 元々、お酒は強い方ではない。むしろ、弱いといえる。だから、なるべく飲まないようにして生きてきた。自分の意思で飲むなんて、考えられない。


 それでも、今日だけは飲みたかった。お酒を飲んで、吐き続ければ、俺の体の中に渦巻くもやもやも、吐き出せるのではないか。そう思ったからだ。


 洋式の便座に頰をつけながら、トイレの壁紙を見ていた。目には涙が浮かんでいる。悲しみの涙なのか、嘔吐によるものなのか、もうわからなかった。


 また胃の中から突き上げられるように込み上げてきて、トイレの中に吐いた。胃液しか出てこない。俺の中のもやもやも消えることはなかった。


 何かが遠くで鳴っているような音で目が覚めた。どうやら、洋式の便座を抱えたまま、眠ってしまったようだ。

 ワンルームの部屋の方から、確かに音が鳴っていた。


 立ち上がろうとすると、こめかみに痛みが走った。これが二日酔いというやつか。

 少しフラつく感じもしたので、這うようにトイレを出て、音のする方へ向かった。


 音の正体は、スマートフォンだった。ベッドに放り投げていたスマートフォンが着信を知らせていた。

 着信の相手は、西野だった。時間は朝の10時過ぎ。こんな時間に、一体、何の用だろう。


「もしもし……」


 自分でもビックリするほど、声が出なかった。

 西野は、それを寝起きだと受け取ったようだ。


「あ、もしもし。ごめんね。寝てたよね?」

「あ、いや。大丈夫だよ。何の用?」

「チアキさんの検査結果が出たみたいなの」


 入院して、全身をくまなく検査していたチアキ先輩の結果が出たというのだ。こんな時間に連絡してくるということは、余程、悪かったのだろうか?嫌な予感がする。


「それで、結果はどうだったの?」

「うん。頭とかには異常はなかったみたい」

「そっか。良かった」


 嫌な予感は、気のせいだったようだ。脳に内出血とかあったら、どうしようとか思っていたので、安心した。


「網膜剥離だって……」


 西野が唐突に言った。


「エッ?網膜剥離って、目の?」

「そう。視力がものすごく低下してるみたいでね」

「そうなんだ」


 視力くらいで済んで良かったと思った。でも、そうじゃなかった。


「格闘家としては、致命傷だって。網膜剥離の選手は、リングにあげてもらえないみたいなの」

「それって……」


 引退って言葉を、俺は飲み込んだ。口に出したら、現実になりそうだったからだ。


「チアキさん、落ち込んでると思うから、今日、病院に顔を出してもらえないかな?私は今日も仕事で遅くなるから、病院には行けそうにないの」

「あ、うん。わかった」

「ありがとう。よろしくね」


 それだけ伝えて、西野は電話を切った。仕事の合間にかけてきたのだろう。忙しい西野らしい電話だった。


 チアキ先輩が網膜剥離。格闘家としては致命傷。西野の言葉が頭の中で渦巻いている。

 何でこんなに悪いことばかりが続くのだろう。この前まで、みんなで楽しくやっていたはずなのに。


 考え込んでいると、また気持ち悪くなってきた。俺はベッドに倒れこんで、少し眠ることにした。

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