表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/66

みゆきの秘密

 みゆきは、何かを考えているようだった。湧き上がってきた考えに突き動かされるように顔を上げ、首を振ってその考えを否定して、また俯く。しばらくの間、それを繰り返していた。


 どのくらい時間が過ぎただろう。みゆきは、意を決したように立ち上がって、真っ直ぐに俺を見てきた。その視線には、いつものふんわりとしたみゆきとは思えない、強い決意が宿っていた。


「はじめて、修くんを見かけたのは、この歩道橋の上でした」


 みゆきの声は、強い決意が宿ったかのように力強く響いてる。


「私は小さい頃から心臓が弱くて、入院ばかりしてました。病院の先生からは、20歳までは生きられないだろうって言われていたんです」


 以前、みゆきのお母さんから、体が弱かったとは聞かされていた。でも、まさかそんなに深刻な病状だとは思ってもみなかった。


「両親は、入院費を稼ぐために、一生懸命、働いてくれました。お父さんが亡くなったのは、私が無理をさせたからだと思っています」

「みゆき、一体、何を……」


 みゆきが何を言おうとしているのかがわからなかった。だけど、みゆきは俺の言葉が聞こえなかったかのように話し続ける。


「入院ばかりしていた私には、友達がいませんでした。いつも、窓から外を眺めては、ため息ばかりついていたんです」


 ため息。何となく、何を言おうとしているのかがわかった。


「そんなある日、私の前に死神さんが現れたんです。いよいよ、私も死ぬんだなぁって思いました」

「それが、鈴木?」

「はい。鈴木さんは、病室でひとりぼっちだった私の話し相手になってくれました。修くんも、鈴木さんを知ってるんでしょ?じゃあ、鈴木さんの説明はいらないですね」


 俺は無言でうなづく。みゆきは、優しい笑みを浮かべて、了解の意を伝えてくれた。


「お父さんが亡くなった後、お母さんは、毎日、泣いていました。だから、お母さんが泣かなくていいようにと、鈴木さんにお願いしました。それがはじめての取引です」


 みゆきは、幼いながら、誰かのためを願って取引をしていた。俺は私利私欲のための取引だ。自分が情けなくなってくる。


「元々、長生きはできないと言われていたんですけど、余命が減るのは怖いですよね。だから、それからはずっと、取引はしませんでした」

「みゆき……」

「そんな時、ここで修くんを見かけたんです」


 ドキッとした。心臓の鼓動が激しくなってきている。


「はじめは、変な人だなぁって思ってました。毎日いるので、ちょっと怖かったです」


 確かに、以前、何もかもがうまくいかなくて、毎日、ここに来ていた。そこにみゆきが通りかかっていたとは、思わなかった。


「道路を見つめる修くんの目は、死んだお父さんにそっくりでした。そう思ったら、どんどん修くんのことが気になりはじめて……」

「そんな……」

「この人は、何でこんなに毎日、悲しそうな目をしてるんだろう。そう思ったら、たまらなくなりました。お父さんと同じように死なせたくないと思いました」


 お父さんと同じように?もしかしたら、みゆきのお父さんは自殺なんだろうか?


「まさか、みゆきのお父さんは……」

「はい。自殺です。過労からうつ病になって、仕事帰りに……だから、私は修くんが何を考えていたか、すぐにわかりました」


 みゆきに見られていただけでなく、死のうとしていたのを見抜かれていたなんて。驚いて言葉も出なかった。


「そうしてるうちに、いつの間にか修くんのことばかり考えるようになってました。私の方が先に修くんを好きになってたんですよ」


 みゆきは、どうだとばかりに、アゴを突き出している。でも、いつものように、おどけた感じにはならない。目に溜まった涙が、それを許さないのだ。


「でも、私には修くんに声をかける勇気がありませんでした。だから、少しだけ、鈴木さんにお願いしたんです」

「な、何を願ったの?」


 俺の問いかけに、みゆきは少し深呼吸して間をとった。


「最初は、修くんとお友達になりたいと願いました。そしたら、修くんがお店に来たので、もうびっくりしちゃいました」

「違う。あの日は俺は自分の意思で『Blue Note』に入ったんだよ」


 あの日は、自分で考えて、自分の意思で店に入ったはず。それさえも、死神の仕業だというのか?確かに普通なら、『Blue Note』に気づかなかったかもしれない。

 自分の中で自問自答が続く。答えの出ない自問自答が繰り返されている。


「私、バカなんですよね」


 突然、みゆきがエヘヘと笑った。


「修くんとお友達になれただけで我慢していれば良かったのに……」

「エッ?!まさか……」

「修くんの……」


 みゆきの目から涙が溢れて、言葉に詰まった。

 みゆきは、大きく息を吸い込んで、一気に言葉を吐き出した。


「修くんの彼女になりたいってお願いしちゃいました」


 それは違う。俺はあの日、はじめて『Blue Note』に行った日。店員をしていたみゆきに好意を持っていた。そこに死神の意思は介在してない。俺の一目惚れだったはずだ。


「み、みゆき。それで、余命は?」


 みゆきは、泣きながら首を左右に振っている。


「ごめんなさい。私の余命は半年です。あの日、ここで修くんが告白してくれた日。あの日、私の余命は半年になってしまいました」


 足元が崩れ落ちるかのようだった。全身の力が抜け、膝を地面についてしまった。


「半年?バカな……」

「ごめんなさい」


 気づけば、みゆきも俺の目の前にしゃがみ込んでいた。俺の頭を撫でながら、「ごめんなさい」と繰り返している。

 あれから、何日たった?みゆきは、あと何日生きられる?頭が回らず計算も満足にできない。


 俺は目の前のみゆきを抱き寄せた。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。

 抱きしめたみゆきからは、確かに温かさが伝わってくる。それなのに半年しか生きられないなんて……


 歩道橋の上で、みゆきを抱きしめながら、俺は声を上げて泣いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ