みゆきの秘密
みゆきは、何かを考えているようだった。湧き上がってきた考えに突き動かされるように顔を上げ、首を振ってその考えを否定して、また俯く。しばらくの間、それを繰り返していた。
どのくらい時間が過ぎただろう。みゆきは、意を決したように立ち上がって、真っ直ぐに俺を見てきた。その視線には、いつものふんわりとしたみゆきとは思えない、強い決意が宿っていた。
「はじめて、修くんを見かけたのは、この歩道橋の上でした」
みゆきの声は、強い決意が宿ったかのように力強く響いてる。
「私は小さい頃から心臓が弱くて、入院ばかりしてました。病院の先生からは、20歳までは生きられないだろうって言われていたんです」
以前、みゆきのお母さんから、体が弱かったとは聞かされていた。でも、まさかそんなに深刻な病状だとは思ってもみなかった。
「両親は、入院費を稼ぐために、一生懸命、働いてくれました。お父さんが亡くなったのは、私が無理をさせたからだと思っています」
「みゆき、一体、何を……」
みゆきが何を言おうとしているのかがわからなかった。だけど、みゆきは俺の言葉が聞こえなかったかのように話し続ける。
「入院ばかりしていた私には、友達がいませんでした。いつも、窓から外を眺めては、ため息ばかりついていたんです」
ため息。何となく、何を言おうとしているのかがわかった。
「そんなある日、私の前に死神さんが現れたんです。いよいよ、私も死ぬんだなぁって思いました」
「それが、鈴木?」
「はい。鈴木さんは、病室でひとりぼっちだった私の話し相手になってくれました。修くんも、鈴木さんを知ってるんでしょ?じゃあ、鈴木さんの説明はいらないですね」
俺は無言でうなづく。みゆきは、優しい笑みを浮かべて、了解の意を伝えてくれた。
「お父さんが亡くなった後、お母さんは、毎日、泣いていました。だから、お母さんが泣かなくていいようにと、鈴木さんにお願いしました。それがはじめての取引です」
みゆきは、幼いながら、誰かのためを願って取引をしていた。俺は私利私欲のための取引だ。自分が情けなくなってくる。
「元々、長生きはできないと言われていたんですけど、余命が減るのは怖いですよね。だから、それからはずっと、取引はしませんでした」
「みゆき……」
「そんな時、ここで修くんを見かけたんです」
ドキッとした。心臓の鼓動が激しくなってきている。
「はじめは、変な人だなぁって思ってました。毎日いるので、ちょっと怖かったです」
確かに、以前、何もかもがうまくいかなくて、毎日、ここに来ていた。そこにみゆきが通りかかっていたとは、思わなかった。
「道路を見つめる修くんの目は、死んだお父さんにそっくりでした。そう思ったら、どんどん修くんのことが気になりはじめて……」
「そんな……」
「この人は、何でこんなに毎日、悲しそうな目をしてるんだろう。そう思ったら、たまらなくなりました。お父さんと同じように死なせたくないと思いました」
お父さんと同じように?もしかしたら、みゆきのお父さんは自殺なんだろうか?
「まさか、みゆきのお父さんは……」
「はい。自殺です。過労からうつ病になって、仕事帰りに……だから、私は修くんが何を考えていたか、すぐにわかりました」
みゆきに見られていただけでなく、死のうとしていたのを見抜かれていたなんて。驚いて言葉も出なかった。
「そうしてるうちに、いつの間にか修くんのことばかり考えるようになってました。私の方が先に修くんを好きになってたんですよ」
みゆきは、どうだとばかりに、アゴを突き出している。でも、いつものように、おどけた感じにはならない。目に溜まった涙が、それを許さないのだ。
「でも、私には修くんに声をかける勇気がありませんでした。だから、少しだけ、鈴木さんにお願いしたんです」
「な、何を願ったの?」
俺の問いかけに、みゆきは少し深呼吸して間をとった。
「最初は、修くんとお友達になりたいと願いました。そしたら、修くんがお店に来たので、もうびっくりしちゃいました」
「違う。あの日は俺は自分の意思で『Blue Note』に入ったんだよ」
あの日は、自分で考えて、自分の意思で店に入ったはず。それさえも、死神の仕業だというのか?確かに普通なら、『Blue Note』に気づかなかったかもしれない。
自分の中で自問自答が続く。答えの出ない自問自答が繰り返されている。
「私、バカなんですよね」
突然、みゆきがエヘヘと笑った。
「修くんとお友達になれただけで我慢していれば良かったのに……」
「エッ?!まさか……」
「修くんの……」
みゆきの目から涙が溢れて、言葉に詰まった。
みゆきは、大きく息を吸い込んで、一気に言葉を吐き出した。
「修くんの彼女になりたいってお願いしちゃいました」
それは違う。俺はあの日、はじめて『Blue Note』に行った日。店員をしていたみゆきに好意を持っていた。そこに死神の意思は介在してない。俺の一目惚れだったはずだ。
「み、みゆき。それで、余命は?」
みゆきは、泣きながら首を左右に振っている。
「ごめんなさい。私の余命は半年です。あの日、ここで修くんが告白してくれた日。あの日、私の余命は半年になってしまいました」
足元が崩れ落ちるかのようだった。全身の力が抜け、膝を地面についてしまった。
「半年?バカな……」
「ごめんなさい」
気づけば、みゆきも俺の目の前にしゃがみ込んでいた。俺の頭を撫でながら、「ごめんなさい」と繰り返している。
あれから、何日たった?みゆきは、あと何日生きられる?頭が回らず計算も満足にできない。
俺は目の前のみゆきを抱き寄せた。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。
抱きしめたみゆきからは、確かに温かさが伝わってくる。それなのに半年しか生きられないなんて……
歩道橋の上で、みゆきを抱きしめながら、俺は声を上げて泣いた。




