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疑念

「お、修。そろそろバイト行く時間だろ?」

「あ、そうですね。そろそろ帰ります」

「じゃあ、私も一緒に帰ります」

「おう、ありがとな。みゆきちゃんと、ありがとうね」


 俺とみゆきは、チアキ先輩の病院を後にした。バイトに行くまで、時間はあと少し。その前に、どうしても確認しておかないといけないことがあった。


「ねぇ、みゆき。さっき、チアキ先輩の病室に入ってきた時、何か見えた?」

「エッ?何のことですか?何も見てないですよ」


 一瞬だった。ほんの一瞬だったけど、みゆきの目が泳いだ。本当に嘘がつけない子だ。すぐに、いつもの笑顔に戻ったけど、俺は見逃さなかった。


「みゆき、俺には嘘をつかないでね」

「嘘はついてないですよ。いやだなぁ、修くん。何か変ですよ」


 みゆきは、俺の視線から逃げるように、先に歩きはじめた。その姿は、明らか動揺している。


「『何も見てない』って答え方は、何かを見た人が、それを隠す時に言うんだよ」


 みゆきが歩みを止めた。


「本当に何も見てない人は、質問の意味がわからないから、『何のこと』って答えるはずなんだよね」


 ゆっくりと、みゆきが振り返る。その目には、いっぱいの涙をためていた。

 道行く人が、俺たちをじろじろと見ながら歩き去って行く。どう見ても、俺はみゆきを泣かせている最低の男という構図だ。


 振り返ったみゆきは、涙を流しながら、何も言わない。ヒックヒックとしゃくりあげているだけだ。

 罵倒でも何でもいいから、何か言って欲しかった。沈黙がこんなに怖いなんて思わなかった。


 少し口を開け、何かしゃべろうとした。でも、それは声にならず、ふるふると頭を振って、俯いてしまった。


 俺も何も言えなかった。何かを言おうとすれば、みゆきを責める言葉が出てきそうだったからだ。俺の言葉で、みゆきを傷つけることはできない。傷つけちゃいけないんだ。


 長い長い沈黙。多分、俺とみゆきが知り合ってから、もっとも長い沈黙だった。

 沢山の人が、俺たちの横を通り過ぎて行った。中には、俺たちのことを話しているよつな人たちもいた。それでも、俺たちは釘付けにされたように、その場に立ち続けていた。


「ごめんなさい、やっぱり言えないです」


 突然、みゆきが走り出した。俺は反射的に、みゆきを追いかける。

 後ろから人を追いかけるというのは、意外と難しい。テレビドラマのように、簡単に止めることはできない。


 道行く人たちを避けながら、みゆきを追い続け、やっと追いついたのは、俺がみゆきに告白した歩道橋の上だった。


「ハァハァハァ」


 息が切れて、すぐには言葉が出ない。

 みゆきは、疲れたのか、その場にしゃがみ込んでいた。


 日が暮れた歩道橋の上。下を走る車は、ライトを灯している。でも、今日はその美しさに目を奪われる訳にはいかない。さすがに、もう逃げはしないだろうけど、みゆきから目を逸らさず見ていた。

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