病室の鈴木
2日後、チアキ先輩が近くの病院に転院してきた。俺は早速、みゆきと一緒にお見舞いに行くことにした。西野は、会社があるから、仕事帰りに顔を出すとのことだった。
今度の病院は、大学病院。最近、改築したばかりなので、建物は真新しい。1階には、コンビニの他、カフェなども入っていて、一見すると病院には見えない。
チアキ先輩の病室は、8階建ての6階だった。ただ、都内という立地のせいもあって、前の病院の時より見晴らしは良くない。
みゆきは、1階のコンビニで差し入れを買うというので、俺は先に病室に向かった。
病室は、今度も個室だ。イベント運営会社の誠意の表れなのかもしれない。
病室に入ると、チアキ先輩は気持ち良さそうに寝ていた。そして、その横には見慣れた男が立っていた。鈴木だ。
「す、鈴木。お前、ここで何してるんだよ?」
「おや、これは並木様ぁ。お久しぶりでございまーすぅ。そんなに怖い目で睨まないでくださーい」
鈴木は、死神だ。チアキ先輩の病室にいるということは、命を狙ってのことに違いない。
「誤解でございまーすぅ。私はあくまでも営業でございまーすぅ。命を奪ったりはいたしませーん」
「じゃあ、何をしてるんだ?」
俺は語気を強める。チアキ先輩が、うるさそうに顔をしかめ、寝返りをうった。
「死神の営業にとって、病院は大切な営業先なのでございまーすぅ。新しく入院してきた方をチェックするのも、仕事の一環なのでございまーすぅ」
表示ひとつ変えず、淡々と話す鈴木。その説明に矛盾はない。
これ以上、大声を出して、チアキ先輩を起こしてしまうのも申し訳ない。俺は渋々、納得することにした。
「松丸さん、入りますよ」
看護師さんがカートを押しながら、入って来た。
鈴木の姿を見て、絶叫が響き渡ると思った。看護師さんがパニックになると思った。しかし、看護師さんは、まるで鈴木のことなど見えていないかのように、普通に部屋に入って来た。
「あれ、松丸さん、おやすみ中ですか?話し声が聞こえたので、起きているのかと思ってました」
若い看護師さんが、笑いながら俺に話しかけてきた。
「並木様、大丈夫でございまーすぅ。私どもが営業に訪れた方や名刺をお渡しした方以外は、私どもの姿を見ることはできませーん」
鈴木は、得意げに看護師さんの目の前に顔を突き出しながら言った。
「あ、あはは。ちょっと、連れと電話で話してたんです」
看護師さんは、この説明で納得してくれた。
「気持ち良さそうにおやすみですから、また後で来ますね」
「わかりました。ありがとうございます」
看護師さんは、来た時と同じように、カートを押しながら出て行った。
「死神ってのは、便利なもんなんだな」
「恐縮でーすぅ」
俺は皮肉のつもりで言ったけど、鈴木には通用しなかった。
「コンコン」
ヘアのドアがノックされ、みゆきが入って来た。一瞬、ビクッと驚いたような表情になったが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「色々あって、迷っちゃいました。結局、お茶とクッキーにしました」
「あはは。それはみゆきが食べたい物でしょ」
「バレましたかぁ」
みゆきは、にこにこと笑っている。
「チアキ先輩、寝てますね」
「うん。起こすのも悪いから、座って待ってようか?」
「いいですけど、修くん、バイトの時間は大丈夫ですか?」
「まだ大丈夫。きっと、もうすぐ起きるよ」
チアキ先輩は、30分ほどして、起きた。その後は、みゆきの買ってきたクッキーを3人で食べて、バカ話しで盛り上がった。
鈴木は、話に飽きたのか、フワリと舞い上がって天井を突き抜けて行ってしまった。
社長の話を伝えなければと思った。でも、それは暗に引退を勧めることになる。そう思うと、口にできなかった。
チアキ先輩は、命をかけてリングに立っている。俺は、何かにそんなに必死になったことはない。そんな俺に、チアキ先輩を止める資格はないんじゃないだろうか。
とりあえず、今は、チアキ先輩が1日も早く退院できることを祈ろうと思った。




