涙の対面
用意されたビジネスホテルは、病院のすぐ裏手にあった。病院には、スタッフの男性が残ってくれるというので、俺たちはビジネスホテルに引き上げた。
全員分の個室を取ってくれていたのだが、西野を1人にするのが心配だったので、みゆきと西野の2人部屋に変えてもらった。
西野は、ナースステーションで鎮静剤を処方されたようで、今は落ち着きを取り戻している。
俺たちは、翌朝、ロビーで待ち合わせることにして、それぞれの部屋に入った。
シャワーを浴びても、不吉な思いは流れていってはくれなかった。ビジネスホテルの部屋で1人、不安に押しつぶされそうになる。
つくづく、西野を1人にしないで良かったと思う。
ベッドに横になっても、一向に眠気は襲ってこない。その晩は、まんじりともしない夜を過ごした。
翌朝、約束の時間より早く、ロビーに向かった。すると、すでにみゆきと西野の姿があった。
2人とも、俺と同じで眠れなかった様子だ。西野は、泣き明かしたのだろう。まぶたが腫れあがっている。
「おはよう」
「あ、修くん。おはよう」
「2人とも、早いね」
「うん、何だか眠れなくて……」
「そっか……そうだよな……」
西野にいたっては、こちらを見ようともしない。
「コンビニで朝飯でも買って、病院に行こうか」
「私、食べたくない」
西野が呻くように声をだした。
「わかるけど、昨日の夜から何も食ってないだろう?」
「でも、食べたくないの」
西野のイライラが伝わってくる。空気が悪くなるのを感じた。
その時、エントランスから1人の男性が駆け込んできた。病院に残ってくれていたスタッフの男性だ。
「あ、みなさん。いらっしゃいましたか。松丸選手の意識が戻りました」
「エッ、本当ですか?」
「やったぁ。才加さん、良かったですね」
昨日とは別の意味で、全身から力が抜けるのを感じた。
良かった。本当に良かった。西野も少し安堵した表情をしている。
「じゃあ、チアキ先輩の顔を見に行こうか?」
「そうですね。早く会いたいです」
みゆきも、いつものふんわりした雰囲気に戻っていた。すべてが元どおりになった。何も変わらない日常が戻って来たのだ。
昨日と同じ夜間通用口を抜けて、エレベーターに乗る。もう暗く澱んだ印象はない。もう悪夢は去ったのだ。
エレベーターを降りると、ナースステーションに挨拶をして、病室に向かった。昨日より、看護師さんの数が多いのは、引き継ぎの看護師さんが出勤しているからなのだろう。
病室の前。もう「面会謝絶」の札はかかっていない。
このドアを開ければ、チアキ先輩がいる。無事に願って、側にいたくて、焦がれていたチアキ先輩がいるのだ。でも、このドアは西野に開けさせよう。彼女は、俺の数倍、不安だったはずだから。
そう思って、譲り合っていると、スタッフの男性がドアを開けた。何て空気の読めない人なんだろう。
「松丸さん。お見舞いのみなさんが来ましたよ」
男性の先導で、俺、西野、みゆきの順で部屋に入った。大きな窓が印象的て個室だった。
白いベッドには、身体中から色々なチューブを生やしたチアキ先輩らしき人が横たわっていた。
らしき人と言ったのは、顔が原型を留めていないくらいに腫れていて、判別がつかなかったのだ。
「誰だぁ。修か?」
囁くような小さな声だったけど、確かにチアキ先輩の声だった。嬉しさに涙がこみ上げてくる。
「チアキ先輩、修です。みゆきも西野もいますよ」
俺も泣きながらだったので、小声になった。
「すまねぇ。顔が腫れてて、目が開かねえんだ」
「謝んないでください。大丈夫ですから」
「すまねぇ。心配させちまって……」
「だから、謝んないでください」
もう涙が止まらない。鼻水も垂れている。それでも構わなかった。
「すまねぇ。無様に負けちまって……」
「だからぁ……」
それ以上は、何も言えなかった。言葉にならなかった。ただ、チアキ先輩のベッドの横で涙を流し続けていた。西野も、みゆきも泣いていた。
3人のすすり泣く声が、病室に響いていた。




