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剣闘士たち

 ゴングと同時に、両選手が一気に駆け寄る。普通なら、軽くグローブ同士をタッチしてから戦うのがマナーだが、この2人には関係ない。


 リング中央で、両選手の渾身の一撃が交錯する。互いの顔にヒットして、半歩、後ずさる。

 KO必至の試合展開に、観客もヒートアップする。大歓声がさいたまスーパーアリーナに響いている。


 そこからは、誰も見たことがない展開になった。両選手が交互に、互いの顔面をめがけてパンチを繰り出す。フットワークもなければ、キックもない。

 まるで示し合わせているかのようだが、あの2人が示し合わすはずがない。


「バキッ」

「ゴキッ」


 骨と骨がぶつかる、乾いた音が響く。2人の顔の形が、どんどん変形していく。観客は、もっともっとと煽るように、パンチに合わせて歓声をあげる。

 これは、もう競技ではない。ただのどつき合いだ。


 古代ローマ時代のコロッセオで剣闘士を命がけで戦わせ、それを見ている貴族たちの構図。そう考えると、吐き気が込み上げてきた。


「もうやめて……」


 隣から、西野のか細い声が聞こえた。しかし、その声は3万人を超える大観衆の歓声にかき消された。


「もうやめてよ!」


 さらに大きく叫ぶような声をあげ、両手で目を覆っている。


「姐さん、総長の姿を見てやってください」


 西野の後ろの席から、金髪スカジャンさんが声をかけた。


「いやよ、何で見ないといけないの?こんなの、ただのケンカじゃない」


 西野は後ろを振り返り、噛みつくような勢いで声を張り上げる。


「お金のために人を殴るなんて、カツアゲしてる不良と同じじゃない」

「姐さん、俺たちゃ、みんなそうなんっす。どこでも受け入れられず、突っ張って、ケンカばかりしてた連中っす」


 金髪スカジャンさんは、諭すように優しい口調で西野に語りかけている。


「総長がいなかったら、とっくに死んでたか、刑務所に入ってたか……今、まともに飯が食えるのは、そんな俺たちに礼儀を教えてくれた総長のおかげなんっす。俺たちにとっては、親以上の存在なんっす」

「だから、だから何?」


 西野の口調は、小刻みに震えている。


「俺は姐さんみたいな頭ぁ良くないから、うまく言えねぇっすけど、総長の気持ちは姐さんよりわかります。総長は、姐さんに見て欲しいと思ってるはずっす」

「見て、何になるのよ」

「自分の生きた証を、生きざまを、姐さんの中に残したいんっす」


 西野のは、イヤイヤをする子どものようにかぶりを振っている。


「ワァッ!」


 一際、大きな歓声が上がり、俺たちの目は、否応なくリングに引き戻された。

 相手のパンチで、チアキ先輩がバランスを崩したのだ。しかし、ダウンはせずに踏みとどまっている。

 シウバ選手が追撃をしようと迫った時、ゴングが鳴った。1ラウンド3分が終わったのだ。

 レフェリーが割って入り、両選手をコーナーへ送り出す。


 力なくフラフラとコーナーへ歩くチアキ先輩。その一瞬の隙をついて、背後からシウバ選手が襲いかかってきたのだ。


 ゴングが打ち鳴らされる。レフェリーや関係者が止めに入るが、ヒートアップした暴君を止めることはできなかった。

 奴は背後からチアキ先輩の首を絞め、倒れた先輩に馬乗りになってパンチを乱打したのだ。変形した顔をいびつに歪めて、笑いながら殴り続けた。


 止めに入ったセコンドもレフェリーも、奴のパンチに倒れた。意識を失っている先輩はなすすべもなく、ただ殴られ続けた。


「いやぁ、誰か止めて!」


 西野の悲痛な叫びに答えてくれる勇者は、ここにはいなかった。


 観客も騒然とする中、暴君がチアキ先輩を蹂躙する時間が続く。時間にして約1分弱。

 ようやく、気が済んだのか、暴君はゆっくりと立ち上がった。そして、拳を天に突き上げ、高らかに笑った。


 あまりにも異様な光景。常軌を逸した出来事に、3万人を超える大観衆も凍りついた。

 そんな中、悠然と花道を引き上げる暴君がいた。

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