緊張の後楽園ホール
ゴールデンウィーク。春から新生活をはじめた人にとっては、最初のオアシス。しかし、5月病を発症する危険を秘めている大型連休でもある。
その大型連休も終わりにさしかかった5月4日。俺はみゆきと一緒に後楽園ホールに向かっていた。チアキ先輩の試合を見るためだ。
駅前で、差し入れ用のクッキーを買った。みゆきが厳選したおすすめのクッキーだ。
みゆきは、ネットで調べるだけでなく、実際に買ってみて、食べてみて、その店に決めたようだ。だから、「少し太った」とこぼしていたけど、俺から見たら少しも変わっていない。
クッキーの数が全員に足りるかを心配してたけど、10人分くらい買ったので、足りなくても文句は言われないだろう。
そもそも、格闘技の試合にクッキーの差し入れが必要なのかさえ疑問だ。
後楽園ホールは、水道橋駅から、東京ドームを目指して歩くと着くことができる。「格闘技の聖地」と呼ばれているらしいが、格闘技に無縁の俺やみゆきには、さっぱりわからない。
おかげて、少し迷ったが、無事に時間前に着くことができた。
「すごいですねぇ」
「すごいね」
2人とも同じ感想をもらしたが、みゆきは、多分、後楽園ホールの建物を見ての感想だ。
俺の感想は、会場に入って行く観客を見ての感想だった。金髪やら、モヒカンやら、トゲが沢山ついている革ジャンの人やら、およそ街中では見かけない人が山ほどいたのだ。
「じゃあ、行こうか」
自然と、会場に向かう足に力がこもる。何かあったら、みゆきを守れるのか不安だった。
プロ野球でも、判定を不服として乱闘になることがある。もし、それが今日この会場で起きたら……
その時は、みゆきだけでも逃してやらなければいけない。そんな覚悟を決めているなんて、みゆきは思いもしないだろう。
チアキ先輩が用意してくれた座席は、「南側A23」と「南側A24」だ。幸いにも、座席はすぐに見つかった。俺たちの2席分だけがぽっかり空いていたからだ。
問題は、右隣が金髪に虎の刺繍のスカジャン、左隣がパンチパーマに黒いスーツの人だということ。パンチパーマさんの腕には金のブレスレットも見える。
どっちの隣にみゆきを座らせるべきか悩む。
そんな俺の心配をよそに、みゆきはスタスタと歩いて行って、「ここですよぉ」と呑気に俺を手招きしていた。
結局、みゆきは金髪スカジャンさんの隣に座って、俺はパンチパーマさんの隣に座った。
席に着いて、辺りを見回すと、チアキ先輩を応援するノボリが両サイドと通路脇に並んでいた。
チアキ先輩の話だと、この席の周りは全員、チアキ先輩の関係者らしいが、俺やみゆきの様な一般人はいない気がする。
難しい漢字が刺繍された特攻服の人たち。ド派手なヒョウ柄のシャツを着た人。首筋や手首からタトゥーが見えている人たち。
俺たちの座席は、そんな一団の最前列のど真ん中だ。だから、さっきから刺す様な視線を感じる。
「緊張しますね」
「あぁ、うん」
みゆきは、多分、試合がはじまるのを緊張していたはずだ。
でも、俺は背後から感じる敵意むき出しの視線に緊張していた。この場に、みゆきがいなかったら、俺はとっくに帰りの電車に乗っていただろう。
そんな緊張感あふれる中、リングの上に人が出てきて、格闘技イベントの開会を声高らかに宣言した。
ウオーッという叫び声が観客席から湧き上がり、会場のボルテージが一気に上がる。
俺は生きた心地がしていないが、格闘技イベントの幕は切って落とされた。




