みゆきの心配り
結局、みゆきが戻ってきたのは、お母さんと話した日の3日後だった。その間、『Blue Note』の休みが2日間あったので、実際は、何日ダウンしていたのかは、はっきりしない。
久しぶりに会ったみゆきは、大きなマスクで顔の半分を覆い隠していた。
「修くん、お久しぶりです」
店に入って、第一声がこれだった。
「みゆき、もう大丈夫なの」
「はい。心配をおかけしました」
マスクで隠れているので、垂れ目の部分しか見えないが、にっこりとほほ笑んでくれている。
「じゃあ、今日もいつもので」
「はい。修くんは、ナポリタンが好きですね。飽きないですか?」
「うーん。飽きないかなぁ。というか、食べ物にあんまり執着していないのかもしれない」
「執着ですか?」
「そうそう。グルメの人みたいに、ステーキを食べるならあの店とか、お寿司ならこの店とか、そんな情報に無関心なんだよね。どこで食べてもおんなじって思っちゃう」
大学時代から、ほぼコンビニ弁当で生きてきたせいもあって、美味しい物には魅力を感じなくなっていた。コンビニ弁当より美味しい物なんて、そんなにないんじゃないかとさえ思っている。
「へぇ。それで毎日同じでも飽きないんですか?」
「まぁ、そうだね。ここのナポリタンは美味しいと思うよ。まずい物なら、毎日は食べないよ」
「エヘヘ。何か嬉しいですね」
そういうと、みゆきはカウンターの向こうへ歩いていった。
ここのナポリタンは、家庭的な味付けだ。ベーコンとピーマンと玉ねぎ、マッシュルームが具で、それをケチャップ味でまとめている。多分、家で作っても同じ味になるだろう。それだけに、安心できる味だ。唯一、少し太めのパスタが、特徴と言える。
しばらくすると、みゆきが銀色のお盆にナポリタンとコーヒーを乗せて戻ってきた。
「はい、修くん。お待たせしました」
「ありがとう」
ナポリタンに、粉チーズは欠かせない。俺は、たっぷり目に粉チーズをかけるのが好きだ。
ナポリタンに舌鼓をうつ俺を見ながら、みゆきが向かいの席に腰かけて、話しかけてきた。
「ねぇ、修くん。今度のチアキ先輩の試合、何か差し入れを持って行こうと思うんだけど、何がいいかな?」
「差し入れ?別にいらないんじゃない?」
「エェッ、手ぶらじゃ申し訳ないですよ」
「そっかぁ……」
チアキ先輩とは、休憩時間にバカ話をしているが、実はあまりよく知らない。食べ物なら何が好きとか、どんな生い立ちかとか。
格闘技を始めたきっかけだって、詳しくは聞いていない。何か聞いちゃいけない壁のようなものを感じるのだ。
「格闘技の試合の後って、何がいいのかな?花束って感じじゃないしなぁ」
「やっぱり、お菓子とかですかね?スタッフの皆さんで召し上がってくださいみたいな……」
「じゃあ、何かクッキーでも買っていこうか?」
「そうですね。美味しいクッキーのお店を調べておきます」
みゆきはガッツポーズを決めて、おどけていた。すっかり、いつものみゆきだ。マスクはしているが、風邪はもう大丈夫なんだろう。何か、安心した。本当に、元気になって良かった。
チアキ先輩のことも、気遣いができて、本当にすごいと思った。熱で苦しいかな、そんなことを考えていたのかと思うと、ホントに頭が下がる。俺のことと同じように、チアキ先輩も大切に思ってくれている。
俺は、ますますみゆきのことが好きになっていた。




