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タイム・トラベル  作者: 真木
10/11

第六話 Last night in London <後>

 午後からはナイツブリッジ駅で降りて、ハロッズデパートに連れて行ってもらった。


「もうここまでくるとダンジョンだ……」


 基本的にはナショナルギャラリーと同じ、四つの入り口で四方の部屋とつながっている構成だったけど、今度はそれが何階層もある。一人では無事に出てこられる保証すらないと思う。


「あ、漫画だ」


 上の方の階層にある本屋さんで日本の漫画をみつけた。一つの棚一面にあった。


「リチャードは漫画読んだことある?」


「最近、『君に届け』を読んだよ」


「……君の幅の広さには毎度感心する」


「そう? 爽子ちゃんキュートじゃない」


 日本の漫画の棚は子どもが立ち止まって見上げていたりした。


 高級デパートにも漫画が置いてあるのだから、日本のサブカルチャーは順調に海外に渡っているらしい。


 デパートの中にはあらゆるものがあった。家具や電化製品、化粧品にバッグ、もちろんお土産物は蟻も漏らさぬ構えだった。


「かわいいよう……」


 私は白いテディベアを抱っこしながら、そのつぶらな瞳とみつめあっていた。


「いいでしょー。買ってあげよっか?」


「いや、私が……しかし」


 その瞳が私を買ってと言っている気がする。だけどちょっと待て、と私は自室の様子を思い出す。


「だめだ。私の家にはもうたくさんぬいぐるみがいるんだ」


 既に置き場がほとんどなくなってきている。みつめあう時間すらあまりない。


「名残惜しいけど、もっといいお家に買われていっておくれ」


 泣く泣くテディベアに別れを告げて、私はまたぶらぶら歩きを再開した。


 地下のギフトコーナーにも、それこそあらゆるものがあった。


 何を見ても眩しい。ロンドンマップのトートバック、ハロッズキティちゃん、クッキーの缶やエコバックの模様までかわいかった。


「これに硬貨を入れると、潰して記念メダル作ってくれるよ」


「硬貨つぶしていいの? 捕まらない?」


「大丈夫」


 私は1ポンドと銅貨を一枚入れてみる。


 ハンドルをけっこう力をこめてぐるぐる回していると、やがてころんとメダルが落ちてくる。


「きれい……だけど」


 ハロッズのマークが浮かび上がった記念メダルに、私は呟く。


「女王陛下の顔が透けて見えるのがシュール」


「いいじゃん。女王陛下の顔に落書きできる機会なんてあんまりないよ」


 ぷっと吹き出して、それからもいろんなものを見て回った。


 午後はあっという間に過ぎて、夕方になった。


「疲れた?」


「うん。大体見て回ったし」


 免税コーナーの辺りで座っていると、リチャードが少し考えて頷く。


「じゃあお茶でも飲みに行く?」


「ごめん。買い物にばっかり付きあわせて」


「いいよー。僕もけっこうぶらぶらするの好きだし」


 見るとリチャードは結構平気そうだった。デパートの上から下まで歩いたのに、全く疲れた様子が見えない。細身なのに体力はあるらしい。


 私たちはハロッズの上階でアフタヌーンティなるものを頂くことにした。


「ここは……高いのでは」


「今日の夕食も兼ねると思えばそれほどでもないよ」


「紅茶なのに?」


「食べ物もどーんとついてきます。甘いものももちろん」


「甘いもの……」


 心が揺れた私の目の前には、憧れのティールームが広がっている。レースのカーテン、グランドピアノ、白いテーブルが並ぶ。


「……行ってみよう」


 私の完敗だった。


 明るいベランダで座ってしばらくすると、ウェイトレスさんが注文を取りに来た。


 注文してさらに少し待つと紅茶が出て来て、そして目の前に置かれたものに目を見開く。


「こっ、これは……っ」


 それはお皿が三段になっていた。一番下には全部違う種類のサンドイッチが三つほど、真ん中にはスコーンとジャム、そして頂点の皿を色とりどりのデザートが飾る。


 きらきらと輝く三重奏を思わず何往復も上から下まで眺める私を、リチャードが面白そうに見ている。


「ま、まずはサンドイッチから」


 私は激しく動揺しながら下のサンドイッチを取って食べる。ふわりとしたパンと癖のないサーモンが溶け合うように重なっていた。


 これは期待できそうだ、と私は心を熱くする。


「リチャード。お願いがあります」


「はい、何でしょう」


「全部食べられるか心配なので、マナー違反かもしれませんが好きなものからランダムに食べます。よろしいでしょうか」


 なぜか改まって言う私に、リチャードは目で笑いながらきりっと返す。


「どうぞ。お嬢さんのお心のままに」


 許しが出たので、私はありがたく食事を頂くことにした。


 リチャードがやるのを真似てスコーンを半分に切って、クリームを乗せて食べる。みっちりと中の詰まったスコーンは噛むほどにおいしかった。


 上のデザートもどんどん取ることにする。チョコレートケーキやタルト、どれも甘くて嬉しい味がした。


 紅茶が減るとウェイトレスのお姉さんが注ぎに来てくれる。


 なんという非日常、と思いながら、私はぱくぱくと食べる。


「リチャード。君のモテる秘訣がわかった気がするよ」


「えー、どこどこ? 聞きたーい」


「人を楽しませる能力が高いんだ」


 高いものを買ってあげるだけなら、お金があればできる。綺麗なものを見せてあげるだけなら、知識があればできる。


 人を楽しませるには、相手を見極めることとそれに応えるだけの底力が要るのだろう。


「それは僕のことが好きということ?」


「君のことは元々好きだよ」


 何気なく言ったら、リチャードは少しだけ止まる。


「……なんて言った?」


「え?」


 簡単な日本語だ。既に流暢に日本語を操っているリチャードが聞き逃すとも思えない。


――あ、本当にリチャードからメール来てる。


 三年前の冬休みにリチャードが帰国してまもなく、私はメールボックスを開いて声を上げた。


――メアド教えてって言ってたけど、社交辞令だと思ってたのに。


――リチャードは社交辞令ではプライベートの情報を訊かないよ。


 自分も旅行から戻って来たデニスは本を読みながら、ぽつりと言った。


――……君らは、仲良くなると思ってたよ。


――え?


――君らは二人とも、honestだから。


 私はきょとんとして、オネスト、と呟いた。


 学校の授業で、それが真面目とか正直という意味だとは知っていた。


――リチャードって真面目かなぁ。


 子どもっぽい、妖精パックみたいな愉快な人だと思っていたから、私は首を傾げた。


――真面目なのはデニスじゃないの?


――僕は小ずるいところがある。


 デニスはついと私を見た。


――人のことを知るのは難しいからね。少しずつ、近付くしかない。


 私は半年以上一緒にいて、少しもデニスのことを理解できた気がしなかった。


――私にはわからないよ。


 私が言ったのはデニスのことだったけど、デニスはそれをリチャードのことだと受け取ったようだった。


――大丈夫。たぶん、リチャードは自分のことを教えてくれるよ。


 デニスは安心させるように、僅かに頷いた。


――ただそのためには、君が自分のことを教えなければね。正直に、偽りなく。


「でもイングランドの女の子たちは、ダーシー氏みたいな人が好きだって言うんだよぉ」


 いつの間にか話題が移っていたようで、私ははっとして慌てて会話に戻る。


「ダーシー氏って、『高慢と偏見』の?」


「そう。高収入、高身長、ついでに上から目線の冷血漢ダーシー氏」


「何もかも高い人だよね」


 私も本を読んだことがあったので、苦笑しながら言う。


「やっぱりクールさは魅力だよ」


「えー、でも現代人であの冷たさじゃやっていけないと思うんですけどー」


「ちょっと欠点があった方がかっこよく見える」


 君だって子どもっぽいところがあるから愛嬌があっていいんだよ、とは言わずに、私は指を立てる。


「ヒ○ー・グラントだって、ちょっと抜けてるところがいいんじゃないか」


「智子さんは僕よりヒューの方がかっこいいっていうのっ?」


 リチャードが勢い込んで言うので、私は首を傾げる。


「俳優さんとは比較できるものじゃないと思うけど。いや、私は素直にかっこいいと思うよ、彼」


「ひどいー。三年間文通したのに僕を捨てるなんて」


「その文通の中で私がジョニーのファンであることくらい知ってるじゃない」


「イングランド人でしかもオックスフォードの先輩に負けるのは嫌なの」


 よく基準がわからないなぁ、と思いながら、私は笑っていた。


 リチャードとはいつまでも話していたくなる。こんなに楽しい人は他に知らない。


 午後の時間は、飛ぶように過ぎていった。
















 ミュージカルを見た後、私たちは中心街を歩いていた。


「いやー、よかった」


 声と音楽と舞台装置に圧倒された。あっという間の二時間だった。


「いいよねぇ。僕何度見ても泣けてさ」


「嘘つけ。ずっと笑い噛み殺してたくせに」


「だって、ファントムがかわいそうすぎて笑っちゃうんだもんー」


 すっかり夜の更けた街には、まだ人通りは絶えなかった。時折クラクションの鳴る通りを、私はリチャードにあれこれ話しながら歩く。


「夢みたいだった」


 ミュージカルも、ショッピングも、食事も、どの時でも今日は笑いっぱなしだった。


 興奮して体もちょっと火照っていた。疲れはあるのに、体がまだまだ眠ることを拒否している感じだ。


 ふと会話が途切れた時、リチャードが切り出した。


「僕ん家来ない?」


 そういえば宿がないんだった、と今更になって気づいた。


「ここから近いし、一人暮らしだから他に気がねすることもないし」


 それくらい、今日は一日夢中になっていたから。


「あ、変な意味で言ってるんじゃないから。何もしません、神に誓って。君は妹みたいなものだし……」


 わたわたし始めるリチャードに、私は顔を上げる。


「……いいよ、リチャード」


 そっと、夜の空気に言葉を吐きだす。


「別に変なことをしたっていいんだよ。君のおかげで、私は楽しい旅行ができた」


 一人で来たらずっとめそめそしていたかもしれない。リチャードがいたから今笑っていられるのだ。


「たぶん君はデニスに私のことを言われたりして、面倒を見なきゃとか思ったのかもしれないけど。弟の友達にそこまで気を使うことないんだよ」


 もう十分じゃないか、と思う。


 三年間、リチャードは私にメールを送り続けてくれた。家族である自分の方がよほど辛かっただろうに、私のことを励ましてくれた。


「君は親切で、優しかった。それに返せるものなら、私は何でもあげるよ」


 たとえこの夜でおしまいになってしまうかもしれなくても、少しでもリチャードの欲しいものがあげられるとしたらそれでいい。


「私は君が……」


 私が言葉を続ける前に、リチャードの目が凍りついた。


「……君は親切と好意の区別もつかないのか」


 初めて聞くような厳しい声に、私は口をつぐむ。


「君はデニスとイングランドのことを知ろうとして来てくれた。英語もいろいろなことも勉強して、準備して。僕はそれが嬉しかった。だから僕は精一杯それに応えようとしたんだ」


 私は次第に自分が言ってしまった言葉が彼を傷つけたことに気付いた。


――リチャードは真面目なんだよ。


 デニスの言葉の意味を、今になって理解し始めていた。


「見返りを期待してやったんじゃない。僕はただ……」


 苦しそうに言葉を切ったリチャードに、私は声をかけようとする。


「一つ教えてあげる。デニスは僕に何も託さなかった。何一つ」


 リチャードは皮肉げに口の端だけで笑う。


「君が思ったみたいに、僕に下心があると気づいていたのかな?」


 そんな悲しいことを言わせてしまった、私が悪かった。


「リチャード」


 ごめん、と言う前に、リチャードは踵を返していた。


 雑踏の中で私は俯く。


 踏みにじってしまったのだ、私は。


 リチャードの誠意を私は素直に受け取ることなく、中途半端な感傷と共に歪んだ解釈で読みとってしまった。


 何てことをしてしまったんだろうと、顔を覆って立ち竦んだ。


『トランクから手を離しちゃ駄目よ』


 ぽた、と涙が落ちた時、近くで声が響いた。


 頬をつたうものを感じながら顔を上げると、ロンドンのOLさんらしい人たちが三人私の周りに立っていた。


 私の手にトランクのバーを渡しながら、彼女たちは口々に言う。


『ひどい男ね。旅行者を見知らぬ街に一人で置いていくなんて』


『しかも女の子を。まだこんな小さいのに』


 早口であまり聞きとれなかったけど、私はぐすぐす泣きながら言う。


『私が全部悪くて……馬鹿で』


『そんなことないでしょ? どうせ「I want you」とでも言われたんでしょ。ほんと男はしょうもないったら』


 お姉さんたちは呆れたように首を横に振る。


『大丈夫? ホテルの行き方わかる?』


 泊まるホテルすらなかったけど、心配をかけそうだったので言えなかった。


『ありがとうございます。大丈夫です』


『気をつけていきなさい』


 私は涙を拭って、頭を下げて歩き出す。


 あてはなかったけれど、とにかくトランクを引きずって街を回る。


 トランクは重かった。リチャードに今日一日こんな重い荷物を持たせていたと思うと、今更ながらに後悔した。


 たぶん日付が変わって地下鉄の終電も出てしまった頃だった。


 シャッターが下りた通りの中で、電気がついている店があった。私は電気に寄っていく虫のようにふらふらとその看板に近付いて、その文字を読む。


「ネットカフェ、かな」


 二十四時間営業らしいインターネット喫茶だった。


 明日の九時にヒースロー空港に辿り着ければいいから、ひとまず夜がしのげればいい。


 財布の中身を確認して、私は店内に入る。


『何時間使う?』


 カウンターの向こうで浅黒い肌のおじさんが訊いて来た。


『六時間で』


『……六時間?』


 おじさんは眉をひそめて問い返す。


『ここは眠れるような所じゃないよ。ホテルでも行った方が割安だし安全だ』


 確かに隣の席との仕切りもなく、オープンスペースにパソコンが並んでいるだけだ。日本のネットカフェとは違うのだろう。夜だから人もほとんどいない。


『泊まる場所がないの? 電話かけさせてあげようか?』


 電話と聞いて、一瞬リチャードの携帯番号を思い出した自分がいた。


 私は少し考えて、顔を上げる。


『メールを送りたいんです』


 南米系のおじさんはその言葉に、合点がいったように頷いた。


『ああ、そうか。国の家族にメールを送りたいんだね? わかった。じゃあこっちだ』


 彼はカウンターからすぐ見える席に通してくれる。たぶん安全面を考えてくれたのだろう。


『席は余ってるから隣も使っていいよ。それで、君はどこの国の人?』


『日本人です』


『うん、日本語ね。ちょっと待って』


 おじさんは親切にもパソコンを操作してインターネットの日本語のページを開こうとしてくれる。


『あれ? えーと……あ、これじゃないかな』


 悪戦苦闘しながら、おじさんは日本語のグーグルページを開いてくれた。


『ありがとうございます。もう大丈夫です』


 私はそこから自分のフリーメールを表示させて、IDとパスワードでログインする。


 ただ、このパソコンにはIMEパッドは入ってないから、メールの本文自体は日本語では書けない。


 体はくたくたに疲れているけど、眠気は少しもなかった。


 だから私は拙い英語で、メールを送ることにした。














「Dear Richard,




In my poor English, maybe I will not be able to tell my feelings.


But as far as I can, I want to explain it for you.




At first, please let me apologize to you.


I’m sorry for hurting your heart.


You sincerely guided me every time, and yet I misread your feelings.




I said that I like you, it is true.


I really thought I want to return whatever you like. It was because you always attended to me with full of kindness.


I could be happy during this travel thanks to you.




Richard, I think that England is beautiful.


I said directly, I was afraid this country at beginning.


Dennis told me, “England is a country like an old antique box”, and I assumed that there is a country like big toy box.


There were enormous old things here without doubt, but there were new things as much as it.


There were many bad people, too. There were irregular streets by too much road works.


However, it is very usual. It is a proof that this country is living.


All of you selected needed things, and lived through all time.


I think that the time of a living is beautiful.




It’s only seven days, but I felt to travel for some years.


I thought that English is person like Dennis, however now their images are resemble you. They were kind and gentle.


I came to meet Dennis, now I felt regret that I will not be able to meet you.




At some future time, I want to come here again if you forgive me.


I’m waiting the time eternally.




Thank you very much, Richard.          Tomoko」


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